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男子マラソン3強の1人、井上大仁。
ボストンの教訓は「コース研究」。
text by
西本武司(EKIDEN News)Takeshi Nishimoto
photograph byEKIDEN News
posted2019/06/01 17:00
4月のボストンマラソンで2時間11分53秒、12位でゴールした井上大仁。
川内の代理人が厳しく採点した理由。
井上のコメントを受けて、坂口泰日本陸連男子マラソン強化コーチは、トップとはいまだ大きな差があることは前提として流れの中で勝負どころまでついていけたこと、MGCやオリンピックといったペースメーカーがつかないスローペースでの戦い方をしっかり経験できたことを評価。「75点」という点数をつけた。
MGCを前に「調整」ではなく、これ以上ない「実戦」を選んだ井上。その挑戦の意義は9月に明らかになる……。
と、ここで話は終わらない。
前年、川内優輝選手をボストン・マラソン優勝へ導いた代理人のブレット・ラーナーさんが、「坂口さんは75点をつけた。君はどう思う?」と聞いてきた。
「30kmまでしっかり走れていた。75点というのは、いい線だと思う」と、答えると、「普通のマラソンなら75点だろう。ただしボストンの走り方としては65点だ」と、厳しいことを言う。
「ニシモト、箱根駅伝とほかの駅伝はどこが違う?」
「それは比べようがない。すべてが違う」
「ボストンも同じ。他のマラソンとすべてが違うんだ」
事前にボストン入りしたブレットさんによると、井上は車からコースを下見していたが、コースをじっくり走り込むことはなかったと言う。だからこそ「井上が25kmから35kmを試走しておけば、序盤はもっと抑えて走ったはずだ」とも話す。
実際のレースでは、前述した通りスタートと同時に井上が先頭に飛び出したように見えたが、本人に改めて聞くとこんな答えが返ってきた。
「飛び出したのではなく、押し出されちゃったんです。普通に走り出したら、先頭を走ってて。あれ、誰もいかないの? って」
「川内はボストンを研究していた」
繰り返しになるが、ボストンはスタートから中間地点過ぎまで一気に下るコースだ。だが、井上が「押し出された」と語った最初の5kmのラップは15分12秒とややスローペース。逆に心臓破りの丘を駆け上がる30~35kmの先頭のラップは15分15秒とほぼ変わっていない。ここで先頭集団がペースを上げていることがわかる。
ブレットさんは続ける。
「昨年の川内の優勝は100年に一度の悪天候のおかげだと思われている。たしかに悪天候を味方につけたが、川内と私はボストンを徹底的に研究していた」
2017年12月の末にコースを試走。ボストンの鉄則が序盤は余力を残して25kmから35kmを走り切ることだと確認をしていた。さらにボストンで4回もの優勝経験をもつ“レジェンド”ビル・ロジャースをはじめとした歴代入賞者たちと食事の機会をもうけ、コースの攻略法を徹底的にリサーチした。
その会食の中でビルは自身が優勝した1979年のレースを振り返りながら、興味深いことを言ったそうだ。その年のボストンで2位に入ったのは圧倒的な強さを誇っていた瀬古利彦だ。
「瀬古は私より明らかに速かった。ただ、彼はボストンのコースを知らなすぎた。それがゆえ、万全の準備ができていた私は勝つことができたんだよ」
当時、「世界最強」と言われ、モスクワ五輪に出場すれば金メダル確実とまで言われた瀬古に勝てたのは「準備」の差である、というのだ。