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「ポンコツのゴミ捨て場行き」だった男。
ボクサー黒田雅之が世界王者に挑む夜。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2019/05/10 16:00
川崎のジム所属選手としては初の世界王者誕生がかかる黒田雅之。地域の縁から、Jリーグの川崎フロンターレも黒田の活動を応援する。
「毎日、練習が楽しいんです」
ボクシングに関していえば、黒田が自ら考え実践したメニューは、かなり基礎的なものだった。当たり前のことを当たり前にする。低迷の時期、できていなかったのは、突き詰めればそういうことだった。
2017年6月、1年3カ月ぶりに粉川とのリマッチの機会が訪れた。独特のリズムを持つ難敵は、相変わらずやりづらかった。それでも、「嫌な相手だなって思ったのを顔と体に出さずに、辛抱強くやれたのかな」。
前回と同じく10ラウンドを戦い抜き、前回は0-3だった判定を2-1に覆した。課題だった後半の弱さ、自ら崩れる悪癖は、「逆に相手を突き放せる」強みになった。
この勝利で日本フライ級王者となった黒田は、3度の防衛を重ねてきた。
「ここ2、3年は上り調子。30歳を過ぎて、すごく伸びてる実感がある」
そこに2度目の世界戦はセットされたのだ。「底の底」で迎えた6年前とはワケが違う。
黒田は言う。
「毎日、練習が楽しいんです。基本的には同じことの繰り返しなんですけど、その中にちょっとした発見がある。今度の世界戦は楽しみだし、デビュー戦の時と気持ちは似てますね。『これから自分はどうなるんだろう』って。それは6年前のレベコ戦の時にはなかった」
「ぼくみたいな選手がいてもいいのかなって」
プロデビューから14年が経ち、次戦は41試合目だ。くすぶっている間に、何人もの有望なボクサーたちが、黒田の脇を追い越していった。
ずいぶん遠回りしましたね――。筆者が思わずこぼすと、黒田は静かに首を振った。
「たしかに遠回りしたように見えるけど、逆に言えば、ぼくがここまで上がるためにはそれだけの試合をやらなきゃいけなかった、ということ。ぼくにとっては、いちばんの近道だったと思うんです。
すごい才能があるかと言われたら、たぶんそんなにないし、アマチュア経験もない。いまは、アマチュアで活躍して、ポンポンと行ってしまうのが主流ですけど、ぼくみたいな選手がいてもいいのかなって思うんです」