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「ポンコツのゴミ捨て場行き」だった男。
ボクサー黒田雅之が世界王者に挑む夜。 

text by

日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

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photograph byHiroaki Yamaguchi

posted2019/05/10 16:00

「ポンコツのゴミ捨て場行き」だった男。ボクサー黒田雅之が世界王者に挑む夜。<Number Web> photograph by Hiroaki Yamaguchi

川崎のジム所属選手としては初の世界王者誕生がかかる黒田雅之。地域の縁から、Jリーグの川崎フロンターレも黒田の活動を応援する。

「ゴミ捨て場行き」からの復活。

 新田は、会長業に加え、日本プロボクシング協会事務局長の仕事に忙しく、ジムで過ごす時間は多くない。おのずと、黒田への指導は「課題を出してチェックしての繰り返し」になり、練習の大部分が黒田自身の裁量に委ねられた。

 何も考えずにジムまで行き、トレーナーが指示してくれるメニューをただこなすのではなく、いまの自分には何が必要なのか、粉川に敗れた自分が身につけるべき強さは何なのかを、黒田は考え、実践した。

 これが効いた。

「ゴミ捨て場行き」の瀬戸際で立ち止まっていたボクサーが、再び歩み出したのだ。

「お前じゃ金は集まらないだろ」と……。

 黒田は言う。

「ボクシング以外のこともいろいろと考えるようになったんです。だいぶ外から自分を見られるようになって、ちょっと柔軟になった。

 たとえば、『それは違うよ』ってことを人から言われると、頑固だった昔のぼくはカチンときて、顔や態度にも出てしまっていたけど、いまは『自分の芯の部分が変わらなければ別にいいのかな』って思うんです。自分を騙すっていうか」

 他者の意見を一度は腹に落とし込み、納得の表情を浮かべる度量ができた。それがボクシングにも生きてくるのだという。

「1対1の殴り合いの勝負ですけど、騙し合いでもありますから。自分を騙せなきゃ、相手も騙せない」

 新田の策もはまった。黒田の頑固さはもろさでもあると見抜いていたから、それをわざと崩しにかかった。

 夜遅く、黒田の携帯に電話を入れた。

「外で食事してるんだけど、挨拶してもらいたい後援者の方が横にいるから、いまから出てきてくれ」

 かつての黒田は生活リズムを乱されることを嫌い、「あ、いや……」と口ごもっていた。新田は「プロの世界で生きている以上は必要なことだろ。タイソンみたいに強くて営業しなくても億の金が集まるならいいけど、お前じゃ集まらねえだろ」と言って揺さぶった。そんな“意地悪”を繰り返し、黒田は夜中の呼び出し電話に「わかりました」と即答するようになった。

 黒田は苦笑する。

「『行きます』って返事すると、会長が『合格』って言うんです。『来なくていい』って。『何時から練習だぞ』と言われて、ジムに行くと会長がいないってこともありました。半分は会長の天然のような気もするんですけど(笑)。

 そうやって予期せぬことが起こるのはもう当たり前なんだと思ってます。昔は試合の中で予期せぬことがあるとガタガタになってましたけど、気持ちの余裕ができました」

【次ページ】 「毎日、練習が楽しいんです」

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