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渡邊雄太の元チームメイトで親友、
楠元龍水が挑む延岡学園の再建。
 

text by

青木崇

青木崇Takashi Aoki

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photograph byYasushi Kobayashi

posted2019/05/03 08:00

渡邊雄太の元チームメイトで親友、楠元龍水が挑む延岡学園の再建。<Number Web> photograph by Yasushi Kobayashi

尽誠学園高等学校時代に渡邊雄太とチームメイトだった楠元龍水(右)。彼の延岡学園での挑戦を渡邊雄太も「応援したい」と話す。

レフェリー暴行事件のあった延岡へ。

 渡邊がジョージ・ワシントン大を卒業し、NBA選手という夢の実現を目指す新たなチャレンジに挑んでいた昨年6月、楠元の人生に大きな変化をもたらす大事件が起こった。

 それは、延岡学園の留学生が起こしたレフェリーへの暴行である。当時チームを率いていた川添裕司コーチは、楠元にとって中学生時代の恩師。その縁で京都教育大卒業後に尚学館中の教師となったが、事件を理由に解任された恩師の後任として、8月下旬から延岡学園のヘッドコーチに就任したのである。

「選手としてよりも教員として頑張りたいというので大学も選んで、地元の鹿児島で教員になる道もあったんですが、高いレベルでコーチをしたいという夢の方が地元よりも勝りました」と語る楠元にとって、渡邊のNBA入りを目指した競争が厳しいのと同じように、24歳でヘッドコーチになることは大きなチャレンジなのだ。

不足していた選手たちのコミュニケーション。

 延岡学園高のヘッドコーチになるという話を聞いた時の第一印象について渡邊は、「ずっとコーチになりたいと言っていて、大学を卒業する前に延岡の中学校、尚学館でコーチするようになると思うと聞いた時、純粋に自分が(ウィンターカップ決勝で)勝てなかったとか関係なしに、彼自身がつかんだ夢なので、頑張ってほしいと思いました。場所はどこであれ、ずっと彼のことを応援し続けたい」と話す。

 そんな楠元がチームを率いるようになってまず着手したことは、事件が起こる前に不足していた選手たちとのコミュニケーションだった。

「彼らの授業を持ったことがないし、クラスのホームルームも見たことがない。バスケットボールと寮監として信頼関係を築かなければならないという点では、今も苦労しています」という状況の中で、まずは声を出すことから始めた。

 そこから一体感を作っていくことを重視した指導を続けた結果、時間の経過とともに選手たちはメンタル面が成長。ただし、留学生のムヤ・ガバング・フランシスがフラストレーションを体で表現し出すと、楠元は躊躇することなくベンチに下げ、気持ちを落ち着かせるようなコミュニケーションを必ず行っている。

【次ページ】 「もう1回、応援してもらえるチームに」

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