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イチローがボストンをざわつかせた日。
「あるべきベースボール」の意味。 

text by

ナガオ勝司

ナガオ勝司Katsushi Nagao

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photograph byNaoya Sanuki

posted2019/03/27 16:30

イチローがボストンをざわつかせた日。「あるべきベースボール」の意味。<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

MLBでのイチローの歩みは、アメリカから日本への視線を覆す戦いでもあったのだ。

イチローはオールドスクールの牙城だった。

 ボストンやニューヨークのメディアは、早くからセイバーメトリクスを取り入れた野球を論議するようになっていた。その総本家アスレチックスが2000年にア・リーグ西地区を制し、地区シリーズで王者ニューヨーク・ヤンキースをあと一歩まで追い詰めたことで、否定的な見方をする「オールドスクール」は劣勢に立たされていた。

 当時のアスレチックスは「盗塁=アウトになるリスクのある戦術」とし、守備についても軽視する傾向にあった(今は違う)。いわゆる「レーザービーム」こそまだ有名ではなかったが、盗塁や守備がイチローの武器のひとつであることはすでによく知られていた。

 そう、イチローはある意味、「オールドスクール」にとっての「最後の牙城」だったのだ。

 結果を先に書くと、イチローはボストンでの3試合で16打数4安打だった。それだけ書き出せば、シアトルでの12打数5安打よりインパクトは少ないようだが、現場の空気は違った。

 イチローは5月8日の第1戦で、野茂英雄から2安打1打点(試合では5打数2安打1打点)するなど活躍したものの、チームが4-12で敗れたため、日本メディア以外はあまり騒がなかった。

「なかなかやるじゃないか」

 そんなムードが一変したのは翌日のシリーズ第2戦の1回表だった。

イチローが、取材席をざわつかせた。

 イチローは初回の第1打席で二遊間に内野安打を放って出塁すると、すかさず盗塁に成功。1死からは2番スタン・ハビアーとのダブルスチールで三塁も盗んでいる。

 まさしく電光石火、瞬く間に起こった。フェンウェイパークの取材席がざわついた。

 総毛が立った。

 イチローのパフォーマンスに?

 違う。日本人野手がそのスリリングなプレーで、アメリカ人記者を驚かせたことに、だ。

 言葉が出せないまま5番ブレット・ブーンの左前打でホームに生還したのを眺めていると、隣に座っていた「オールドスクール」がこう言った。

「See? Now you know what I mean=見た? 今なら私が言った意味、分かるだろ」

 彼は言葉を続けた。

「But this is more than I expected.=でもこれは、私が期待していた以上だ」

【次ページ】 イチローを止めるのは「ノーチャンス」。

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