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イチローがボストンをざわつかせた日。
「あるべきベースボール」の意味。 

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ナガオ勝司

ナガオ勝司Katsushi Nagao

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photograph byNaoya Sanuki

posted2019/03/27 16:30

イチローがボストンをざわつかせた日。「あるべきベースボール」の意味。<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

MLBでのイチローの歩みは、アメリカから日本への視線を覆す戦いでもあったのだ。

日本の野球は、下に見られていた。

 彼らはすでに、5月1日の敵地シアトルでの3連戦で、イチローがレッドソックス投手陣を相手に12打数5安打5得点1盗塁と大暴れしたのを目撃していたはずだったが、遠征を取材しない多くの地元メディアにとっては「テレビの中での出来事」に過ぎなかったのだ。

 たとえば「イチローをテレビで見た」と話しかけてきた若い記者は、こう尋ねてきた。

「日本のプロ野球って、Fundamental Baseballなんだろう?」

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 Fundamental Baseball≒基本に忠実な野球。褒め言葉のようで、そうじゃない。そう直感した。彼はそれを説明する過程でリトルリーグの野球を持ち出し「犠牲バントや盗塁を多用する」ことを馬鹿にしたような響きがあったからだ。

 このシリーズの最中、それに似たことを何度か訊かれた。やっぱりどこか、下に見られているような気がする。ただし、少し違った視線を持っている人も確実にいた。

「イチローはあるべきベースボール」

「Fundamental Baseball? 違うよ。イチローは本来あるべきベースボールをプレーしているんだ」

 そう言ったのは、ロードアイランド州から来た記者だった。いわゆるレッドソックス番ではないが、地元ではとても尊敬された人だった。今はこの世にいない。当時すでに運動部の記者を引退して地元の大学でジャーナリズムを教えている人で、久しぶりにボストンに来たという。

「今はホームランさえ打てれば、打率が2割5分でもそれ以下でも許される時代になった。マグワイアとソーサの(本塁打競争の)時代はまだ続いているんだ。ホームランは金になる。選手たちや代理人もそれを求める。

 だからチーム自体も“Station to station”の野球になり、塁に出てもディフェンスにプレッシャーをかけることすらしない。我々が子供の頃はそんなふうにプレーしていなかったし、そんな野球はつまらないよ」

 Station to station=塁から塁へと動くだけの野球。当時まだマイケル・ルイスの名著『マネーボール』は出版されていなかったが、「打率よりも出塁率と長打率」を重視することに代表されるセイバーメトリクス(野球の統計分析学)を取り入れたオークランド・アスレチックスのチーム構築法が開花していた。

【次ページ】 イチローはオールドスクールの牙城だった。

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