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トレランレースで参加者が滑落死。
主催者が考えた山における責任の行方。 

text by

千葉弓子

千葉弓子Yumiko Chiba

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photograph bySho Fujimaki

posted2019/03/10 11:00

トレランレースで参加者が滑落死。主催者が考えた山における責任の行方。<Number Web> photograph by Sho Fujimaki

2018年11月に開催されたトレランレース「FunTrails」で挨拶をする奥宮俊祐。

最優先したのは家族への対応。

 事故発生場所は、大会準備中にスタッフが何度も通った登山道だった。大会前に100kmのコース上の危険箇所を洗い出して300枚以上も写真を撮り、一覧にしてスタッフで情報共有していたが、そこには含まれていない場所だった。

 また、亡くなった選手は日頃から慎重で装備もしっかり携え、ランニングも登山経験も豊富だった。大会の舞台となった山域を愛し、トレイルも熟知していたという。

 実行委員長を務める大会で起こってしまった死亡事故。奥宮はなによりも家族への対応を最優先した。

「平日の昼間にご自宅に伺いました。ご霊前に手を合わせていたら、2人の子どもさんが帰ってきて……。たまらなかったですね。こんな小さいお子さんがいたんだと」

 自らも3人の子どもの父親である奥宮は、遺族にどんな言葉をかけていいのかわからずにいた。ご自宅に電話をかける度に、胸が締めつけられるような思いだった。それでも真摯に遺族と向き合ううち、少しずつ事務的な連絡以外のことで、会話できるようになっていく。

 だが一部からは、大会に対して事故の責任を追及する声も挙がっていたという。山のリスクについて理解し、経験も豊富だった選手が事故に遭ってしまったことで、奥宮は大会のあり方そのものを問い、自責の念に駆られていた。

「まずは、とにかく自分たちにできることをしなければと、ひたすら報告書をつくりました。調査してわかった事実と専門家の意見を、包み隠さず書き記していきました。言い訳などしてしまったら、ご家族に対して不誠実だと思ったからです。とにかくやるしかない、そう思っていました」

 当初ひとりで作成していた報告書は70ページにも及んだが、後に奥宮を支えるために大手企業を退職して「FunTrails」に転職してきた仲間が、「これでは正確に伝わらない」とすべて手直ししてくれたという。大会開催から2カ月ほど経った2018年1月、30ページの報告書が完成する。3月には大会HP上でも公開した。

心の距離を縮めてくれた慰霊登山。

 奥宮には、遺族の方々と会話できるきっかけとなった不思議なできごとがあった。事故の後、複数の知人から「亡くなった方の姿が奥宮さんのそばに見える」と言われたのだ。まだ四十九日を迎える前のこと。僧侶に相談したところ、供養のために山で読経を行うのがよいと教えられる。

 当日は選手のご家族や仲間も同行してくれることになった。みんなで山を歩きながら、山の神様に自然の恵みを感謝し、読経をして、食事をしたりおやつを食べたりして1日を過ごした。

「その日から、ご家族と心の距離が近くなったように感じました。お別れの会にも呼んでいただいたんです。男性が所属していたランニングチームの代表からは『僕らは残された家族も支えていくし、奥宮さんのことも支えていくから』と言っていただいて」

【次ページ】 大会を成功させることしかない。

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奥宮俊祐
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