ビッグマッチ・インサイドBACK NUMBER
ベンゲルが称賛し、ポグバが憧れた
“未完の天才”ディアビの儚い引退。
text by
寺沢薫Kaoru Terasawa
photograph byUniphoto Press
posted2019/03/07 08:00
チェルシー時代のフェルナンド・トーレスとボールを競り合うディアビ。ロマンのあった大型MFがスパイクを脱いだ。
アーセナルを象徴する繊細さ。
いや、ベンゲル時代のアーセナルにおける「らしさ」が「美しさ」と「脆さ」であるとしたら、ガラスのように繊細なMFだったディアビはやはりアーセナルの象徴だったのかもしれない。
だから彼は、良くも悪くもグーナー(アーセナルのファン)の間で長らく語り草になってきたカルトヒーローだったし、相次ぐケガに襲われても「セントラルMFに必要な資質をすべて備えている」としてベンゲルが契約延長を提示し続けた選手だったのだ。
恩師ベンゲルについてディアビは、こんなことを語っている。
「彼は教え子の個性を理解し、成功に導いてくれる人だ。そして僕にとって最も重要なのは、彼が僕を信じてくれたこと。彼は僕を理解してくれた。そして、とても辛抱強くいてくれた。ケガの問題を抱えていた時、彼はいつもそこにいてくれた。彼が僕のためにしてくれたことに対し、感謝してもしきれない」
これに対して、ベンゲルもまた、元教え子の引退を聞いてこんなコメントを残している。
「君は残念ながら、持っている才能のすべてを表現することはできなかったかもしれない。しかし、これからの人生においては君が必ず成功できると信じている」
期待を抱かせ続けた悲運の天才。
いつかは彼の時代が来る。ベンゲルに、そしてアーセナルの全サポーターにそう期待を抱かせては、その度にケガで離脱してきた。
その悔しさはもちろん本人も同じで、苦しいリハビリの日々の中で何度も「自分はまだフットボーラーなのかと自問自答」し、「もう辞めてやる」と決めて家族や友人に話をしたものの、翌朝には「まだやれるはずだ」と思い直すということを繰り返してきた。
無事これ名馬と言ってしまえばそれまでだが、こういう形で指導者やファンとつながり、自分との戦いに身を投じてきたディアビという選手がいたことを、決して忘れないでおきたい。
さらば、悲運の消えた天才。ベンゲルとグーナーの夢を叶えられなかった悔しさ、リハビリに苦しんだ日々を越えて、第二の人生に幸あれ――。