ビッグマッチ・インサイドBACK NUMBER
ベンゲルが称賛し、ポグバが憧れた
“未完の天才”ディアビの儚い引退。
text by
寺沢薫Kaoru Terasawa
photograph byUniphoto Press
posted2019/03/07 08:00
チェルシー時代のフェルナンド・トーレスとボールを競り合うディアビ。ロマンのあった大型MFがスパイクを脱いだ。
ベンゲルもポグバも惚れた。
攻撃のセンスを生かしつつ、徐々に出場の比重を2列目からセントラルMFに移していき、20代半ばでアーセナルの中盤を背負って立たせる。ベンゲルはそんな青写真を描いていたに違いない。彼のプレーにはそう思わせるだけの「夢」があった。
期間こそ短かったが、公式戦36試合出場、40試合出場とフル稼働できていた2008-09、2009-10シーズンあたりはお世辞抜きに「ジダン+ビエラ÷2」の選手に見えたものだし、時にダイナミックに相手を抑え、時には軽やかに相手をいなしてパスをさばいていく彼のプレーにはまさしく大器の片鱗があった。
そんなディアビの力を認めていたのは、ベンゲルだけではない。今や世界屈指のセントラルMFとなったポール・ポグバもまた“ディアビ信者”の1人だ。昨年、あるインタビューでポグバは「自分より優れたMFは誰か?」と聞かれ、こう答えている。
「アンドレス・イニエスタ、ルカ・モドリッチ、トニ・クロース、ケビン・デブライネ、ダビド・シルバ、それとアブ・ディアビだ。人々は彼のことを忘れているかもしれないが、ディアビはアーセナルで並外れていた。ボックス・トゥ・ボックス(攻守に幅広く関与できるタイプ)のMFとして、僕は多くのことを彼から学んだ」
柔と剛を兼ね備えたポグバは、まさしく「ジダン+ビエラ÷2」に近いタイプの選手だ。そんな彼が、フランス代表でともにプレーしたのは数えるほどだったにも関わらずディアビを手本とし、彼への尊敬を公言したのは決して偶然ではないはずだ。
無粋だが、ケガをしなければ。
そんなディアビが、もし故障のない状態でキャリアを歩んでいたら、今頃どんな存在になっていただろうか? 人生において「if」を言うことが無粋であるのは承知の上で、ディアビにはそう思わせるだけのポテンシャルがあった。
同じ'86年生まれにはダビド・シルバやセルヒオ・ラモス、マリオ・マンジュキッチやエディン・ジェコら、今も第一線で活躍している選手が多くいる。ディアビもケガさえなければ、昨年のワールドカップでポグバとコンビを組んでいたかもしれないし、ポグバがベンチだった可能性さえある。
アーセナルにおいても、セスク・ファブレガスやトマシュ・ロシツキー、サンティ・カソルラやジャック・ウィルシャーと並んで、「アーセナルらしさ」の象徴として今なおレギュラーを張り、ベンゲルが去ってウナイ・エメリが指揮をとるようになった今季もルーカス・トレイラやグラニト・ジャカと中盤を組んでいたかもしれない。