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トルシエ、カタール戦の森保Jを嘆く。
「優しさに満ちて無味無臭だった」 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2019/02/05 11:30

トルシエ、カタール戦の森保Jを嘆く。「優しさに満ちて無味無臭だった」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

オーバーヘッドによる先制点を決めたカタール代表のFWアルモエズ・アリ。トルシエをして「別世界のシュート」と言わしめた。

日本に「規格外の選手」はいるか?

――試合後に森保監督は、戦術的なミスマッチが守備の混乱の原因だったと言っています。それを個人で修正できる選手がいなかったわけです。

「その通りだ。できる選手、個性のある選手がいなかった。強いパーソナリティーの選手も、試合の展開に1人で違いを作り出せる規格外の選手も日本にはいない」

――しかし日本中を探してもそんな選手は見つからないようにも思いますが。

「もちろんそんな選手は存在する! しかし日本の伝統的なコンテクストでは……忘れてならないのは、森保監督は日本という国の価値観を代弁していることだ。

 私には日本人の友人がいて、彼らはフランスにいるときにはフランス的な態度で日常を過ごしている。しかし日本に帰ると、良くはわからないが彼らの態度は100%日本人になる。日本人の鋳型の中に入り込む。

 それと同じことだと私は思っている。

 ヨーロッパでプレーする日本人が、帰国して日本の環境の中に入ると日本の価値観を再度身に纏う。

 鋳型から出ることをヨーロッパでは求められるが、日本では自分たちの価値観の虜になっている。そこに問題があると私は思う。

 日本でも個人主義の選手を見いだせる。その選手のための環境を整えて、力を発揮させる状況を作り出す必要があるが、森保監督にはそれは難しいだろう。

 何故なら彼は日本的な価値観とシステムの体現者であるからだ。

 だから日本にも個人主義の選手はもちろん存在するが、日本の枠組みの中でその選手が自分を表現することは難しい。別の自由を彼らに与えられるのは外国人監督だけだろう。それが私が個人的に経験したことからの考察だ。

 その全体的な状況が変わらない限りは……ずっと日本のストライカーはコレクティブにしか得点ができず、個人の力で強引には点を取れない。これがアジアカップを通しての考察の結論だ。

 日本人はがっかりしてるか?」

【次ページ】 森保監督の批判は誰にもできない。

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