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錦織圭対カレノブスタ、極上の陶酔。
年に数試合しかない最高のテニス。
text by
秋山英宏Hidehiro Akiyama
photograph byAFLO
posted2019/01/22 17:30
5時間以上の試合の間、錦織圭の集中が途切れることはなかった。この精神力が彼を現在の位置に留まらせているのだ。
ゾーンから転落したカレノブスタ。
決着はこの大会から採用された10ポイント先取のタイブレークに持ち込まれた。タイブレークに強く、今大会の2回戦でも同じ状況でイボ・カロビッチを破った錦織だが、ここでは5-8と窮地に陥った。あと2ポイント失えば敗退。さすがの錦織も「やばいな」と感じていたという。
ハプニングはここで起きた。カレノブスタのショットがネットに触れ、ライン際に落ちた。線審が「アウト」とコールするのと錦織がこれをクロスにたたくのが、ほぼ同時だった。ビデオ判定の結果は「イン」、線審の誤審だった。カレノブスタは主審にプレーのやり直しを求めたが、主審は線審のコールがプレーに影響しなかったとして、プレーは成立、錦織のポイントとした。カレノブスタは激高して抗議したが、主審は聞き入れなかった。
カレノブスタには気の毒だったが、判定に瑕疵はない。錦織もカレノブスタも「イン」のつもりで動作を起こしており、「アウト」のコールは結果を左右していない。
怒ったカレノブスタはこうしてゾーンから転げ落ち、結局、錦織が5ポイント連取でタイブレークを制し、8強入りを決めた。
この場面を錦織側の視座に立てば、別の様相が見えてくる。運にも恵まれ6-8としてからのプレーは悪魔のようだった。絶対にミスをしてはいけない場面だったが、重圧のかけらも感じさせなかった。かえってリラックスし、楽にラケットを振った。
そうして、7-8からのポイントでは、バックハンドのダウン・ザ・ラインという伝家の宝刀を抜くのである。心は熱く頭は冷静に。教科書のような、また、我々の心が躍るようなプレーだった。
テニスの陶酔を味わった。
所要時間5時間5分は、この時点での大会最長となった。自身のキャリア最長試合でもあった。劇的な逆転勝利を振り返り、錦織はこう話した。
「タフになったなとは感じます。ラリー戦が多い中で、5時間、最後まで集中力を切らさずできた。5-8の場面はよく耐えた。経験や体の強さ、いろんなものが積み重なっている」
よく知られているように錦織の最終セットの勝率はツアー歴代1位だが、この試合では、あとがなくなった0-2から3セット、時間で言えば約3時間も集中力を持続させた。耐えるだけではない。ゾーン状態のカレノブスタからポイントをもぎ取るには、最高のショットを続けなければならなかったが、それもやり遂げた。
めったに見られない試合、そして、錦織のとんでもないプレー。テニスの陶酔を、見ているこちらも味わった。