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稀勢の里の引退で思い出した、
1人で福岡に通っていた懸命な姿。
posted2019/01/16 13:40
text by
田中大貴Daiki Tanaka
photograph by
Kyodo News
横綱として迎える2場所目となる2017年の5月場所を終えて、6月に入る頃でした。
早朝便で羽田から福岡に向かう、稀勢の里関の姿がありました。
同じ便に乗っていた僕は福岡空港に着いた時、取材や番組でお世話になっていたため、横綱に挨拶に行きました。
そこで、少し話をしてくれました。
「福岡に痛めた肩を治してくれる先生がいて、空いた時間はここに通っているんだよね」
「横綱としてできるだけ長く、良い一番を取りたいからね、早く治さないとね」
「今回は1人でね、自分で治療院に行きますよ」
上手く動かない左肩を見ながら、そう語る横綱に付き人の姿はありませんでした。空き時間に人目に触れることなく、一刻も早く痛めた左肩を治すために、1人で福岡に通っていたのです。
治療の努力を見せない心意気。
当時、僕は番組のオンエアで、このエピソードを明かしませんでした。自分のためというより、横綱として長く生き続けるために、この治療の努力を見せない。ファンの前では横綱として絶対に痛くない、問題ないと言いたい、というニュアンスを強く感じたからです。
カメラの前では決して多くを語らない男、皆さんからはそんな印象が強いはずです。
ただ、普段は朴訥とした印象とは少し違い、オンエア前の控室では色んな話をしてくれる男です。好きなスポーツや腕時計の話、家族の話、最近の出来事など、相撲以外の話を笑顔で気さくに話してくれる。だからこそ彼の周りに人は集まり、愛され、支えられ、メディアからも横綱として期待されてきたのでした。