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久米一正がサッカー界に遺したもの。
「情熱とビジネス感覚の両立を」 

text by

西川結城

西川結城Yuki Nishikawa

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posted2018/11/30 17:00

久米一正がサッカー界に遺したもの。「情熱とビジネス感覚の両立を」<Number Web> photograph by AFLO

2010年のJ1優勝は、久米氏にとってはじめてのタイトルだった。あの時の嬉しそうな顔が忘れられない。

闘莉王を心酔させた“人たらし”。

 その理由は、いくつもあると思う。私が思うに、彼にとってこの仕事は天職だったのではないだろうか。

 まず、話術に長けている。口八丁という意味ではない。硬軟織り交ぜながら、時に近づき、時に牽制しては絶妙な距離で相手を説いていく。

 私が久米氏と出会ったのは、サッカー専門新聞『エルゴラッソ』の名古屋担当を務めていた2008年。当時駆け出しの記者だった自分は、百戦錬磨の久米氏にとってはどこの馬の骨かもわからない単なる若輩者だった。ただ、最初は緊張しっぱなしだったものの、若気の至りでどんどん久米氏に近づいていくと、いつしか1人の記者として扱ってもらえるようになった。

 親子程の年の差である。事実、久米氏と私の父は同じ昭和30年生まれだ。そんな記者に対しても、柔らかい表情を見せ、扱い注意のネタなどが話題の時には鋭い眼光でこちらを覗いてくる。その真剣さは、誰とでもわけ隔てなく膝を突き合わせて、真正面で話す準備と姿勢を持ち合わせていたことの裏返しだった。

 久米氏に口説き落とされた有名選手は数多い。後に、当時の話をいろいろな選手に聞いてみると、「久米さんは熱いし、人をよく見ている。そこに惚れてしまった」、「久米さんは、“人たらし”だと思う」といった声が並ぶ。

 2010年に浦和から名古屋に加入し、見事優勝に導いた田中マルクス闘莉王。彼が最初の会見で、「名古屋にタイトルをもたらすために、そして久米さんを男にするためにここに来た」と言い放ったのが懐かしい。

数字に強い、という特殊能力。

 話し上手だけではない。久米氏の武器は、数字に強かったことだ。

 選手獲得や年俸交渉。そうしたデリケートな舞台で、久米氏はすぐに頭の中を巡らせ数字を叩き出していく。いわゆる、即座にそろばんを弾ける人間である。

 また評価を数値やデータで明示する彼の方法は、選手側からすれば金銭交渉の場などではなかなか異議を唱えることが難しいぐらいにスキがないものだった。

 それまでは、イメージや印象評価で自身の価値をつけられることが多かった選手も、プレー面だけでなく日々の行動や生活面もすべて点数化して見せていく久米氏のやり方に、戦々恐々としていたこともあった。

 日本サッカー協会の技術委員時代の話である。2015年2月に八百長疑惑によりハビエル・アギーレ元日本代表監督が解任されると、技術委員会はすぐに後任探しに奔走することになった。結局、周知の通り後任にはヴァイッド・ハリルホジッチ元監督が就くことになったが、当時メディアでも情報が錯綜した様々な監督候補について、技術委員だけが集まって議論した夜があった。

 都内の料理店で集まり、シビアな話が続く中、1人数字に強い久米氏は候補者それぞれの想定年俸をその場で叩き出し、全員に比較させていったという。

「例えばこの監督を呼ぶとなれば、こんな高額の給料を払わないといけない。こんなの現実的ではない」

 そんな風に説得力を持った言葉で話す姿が簡単に想像できる。

【次ページ】 面と向かって伝えられた最後の言葉。

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