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井上尚弥にも階級の壁は存在する?
気鋭トレーナー3人が語る強さの核。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byAFLO
posted2018/11/29 11:00
最近では、井上尚弥が苦戦する姿を想像することすら難しい。階級の壁も易々と突破してしまいそうだが。
踏み込み、左ボディ、独特のカウンター。
漫画を超えるほどのパフォーマンスを、少し分析してみよう。ワールドスポーツジムの藤原俊志トレーナーは、六島ジム時代に名城信男を世界チャンピオンに導き、その年の最優秀トレーナーに与えられるエディ・タウンゼント賞を2006年に受賞している。井上の強さを具体的に説明してほしいとお願いすると、次のような答えが返ってきた。
「井上選手はためらいがない。だからいけると思ったときの踏み込みが半端ない。スタミナ配分を恐れていないんです。普通パンチがあってもスタミナに不安があったら、ああはできません。
左ボディも特徴的でしょう。井上選手は高校時代からシニア顔負けのボディを打っていました。昔のアマチュアボクサーはワンツーが主体でボディはあまり打たなかった。ところがあの世代は左ボディ打ちのうまい選手が多い。特に井上選手は抜けていて、ボディ打ちの先駆者と言えるかもしれません。
あとは独特のカウンターも目を引きます。バックステップをして左フックからの右アッパー。相手の右に対してだったり、サウスポーなら右ジャブに対してだったり。あれは普通は打てないですよ」
クセのなさが、弱点のなさ。
指摘してもらった1つひとつにフムフムとうなずきながらも、いまひとつピンとこない人も多いのではないだろうか。その理由も藤原トレーナーはていねいに説明してくれた。
「ようはオールマイティーなんですよ。だからパッと見で言うと、あまりこれという特徴がない。個性的じゃないというか、クセがないんです。
どんな強打者でもクセがあると、弱点が見つかるものなんですけど、井上選手の場合は弱点がものすごく見つけにくい。だから“あまり個性的ではない”というところが、井上選手の強さの秘訣と言えるかもしれません」
前出の山田トレーナーも井上のボクシングが“特別ではない”ところに注目していた。
「すごいパンチはありますけど、基本的に難しいことをしていない。すり足でジャブを突いてプレッシャーをかけて、ワンツーを打つ、左を返す。きわめてオーソドックスです。ボクシングを始めた人が最初に教わるような技術で勝っている。これがすごい。普通は基本だけじゃ勝てないから、いろいろなテクニックを身につけるわけですから」