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暴れ馬ルーニーは米国で甦るか?
マンU最多得点、香川を生かした異才。

posted2018/06/02 17:00

 
暴れ馬ルーニーは米国で甦るか?マンU最多得点、香川を生かした異才。<Number Web> photograph by Getty Images

イングランドサッカーの顔であり続けたルーニー。マンチェスター・ユナイテッド時代の香川真司との好連係も記憶に新しい。

text by

粕谷秀樹

粕谷秀樹Hideki Kasuya

PROFILE

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Getty Images

 綺麗な目をしているけれどヒール面。体型はずんぐりむっくりで、16歳の割には毛髪量が少ない。スーパースターの雰囲気は感じられず、どこから見ても“田舎のあんちゃん”だった。

 2002-03シーズン、エバートンの一員としてプレミアリーグにデビューし、第10節のアーセナル戦で見事なミドルシュートを決めたときも、この少年に対して懐疑的だったことをいまでも鮮明に覚えている。実況アナウンサーが「スーパースター誕生の瞬間ですね」と盛り上げる。しかし私は偉そうに、

「たった1試合で何がわかるというのですか」

「ごめんよルーニー。俺が間違っていた」

 田舎のあんちゃんにすぎなかったウェイン・ルーニーが、マンチェスター・ユナイテッドの歴史に残る記録を打ち立てるとは、14年前は想像もしなかった。

太りやすい体質と喧嘩っぱやい性格。

 ボール扱いはたしかに上手で、キックのバリエーションが豊富。勝利に対する執着心も凄い。しかし、太りやすい体質と喧嘩っぱやい性格、危険を顧みないタックルは、ポール・ガスコインの再来だった。誰もがうらやむ天賦の才を持ちながら、無理な体勢から仕掛けたタックルがもとで選手生活を断念。早すぎる引退を余儀なくされた悲運の男である。

 古き良き時代の泥臭さと近代的センスを兼ね備えた有望株として、ルーニーに期待する気持ちは理解できたものの、はらはらするプレーが多すぎた。怒りに火がつくと制御不能に陥り、激情に任せる。短命で終わっていたとしても不思議ではないタイプの典型だった。

「練習でも審判、コーチ、スタッフ……誰かれ構わず怒鳴り散らしていた。すぐにカッとなるというか、とにかく勝気な少年だった」

 自伝のなかで、サー・アレックス・ファーガソンがこう評している。

【次ページ】 名調教師ファーガソンが手なずけた。

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