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負けても再び立ち上がる村田諒太。
哲学者・岸見一郎への告白。
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph byTadashi Shirasawa
posted2017/05/26 11:00
取材をした時の哲学者・岸見一郎(左)と村田諒太。まったく異なるジャンル、30歳の年の差を感じさせない明るく爽やかな対談だった。
アドラーが説く「貢献感」というキーワード。
村田「貢献感……」
岸見「貢献感はアドラーの1つのキーワードです。自分が誰かの役に立てている、という貢献感を持てれば自分に価値があると思える。そう思えれば勇気を持てる」
村田「他者に貢献することで、自分の価値を認められると?」
岸見「貢献感を持てて、自分に価値があると思えればこそ、自分の課題に逃げずに取り組む勇気を持てるのです。だから他者貢献は、結局自分に戻ってくるのですね」
村田「そうか。僕も思い返してみれば、無意識に他者貢献できているときのほうが、人生もうまく回っているかもしれません。'08年に1度引退して、東洋大学の職員になった1年後に、たまに面倒を見ていたボクシング部が学生の不祥事で団体戦に出られなくなったんです。学生と言っても1人だけで、ほぼ部活も辞めていたような状況で。でも、連帯責任となった。けれど、個人戦だけは出ていいと。なら、全日本選手権で優勝して、名誉を挽回するというか、見返してくれる学生はいないか、と思ったんです。でも残念ながら頑張ってもベスト4が精一杯そうでした。母校のために自分ができることはないかと思って、俺が出ればいいんだ! と。そのときが、ボクシングという自己中心的なスポーツで、僕の中で他者貢献が先に立った初めての瞬間でした。……しかし自分に返ってくるから他者貢献しよう、というのもヘンな話ですよね」
勇気を与えるという貢献、そして自己を受け入れる勇気。
――周囲に恩を返したい。それは己の承認欲求なのか?「村田の心に疑念が生まれた。真の他者貢献とは何なのだろう?
岸見「それは、意識的に確認すると承認欲求になってしまいますが、結果的にそうなればいいんですよ。村田さんの大きな決断も、結果的に今いい方向に向かっているわけですから。もし大学職員にとどまっていたら、1つの無難な人生を送れたかもしれません。けれど、あえてそれを選ばなかった、そしてプロの道に足を踏み入れられた。そういう勇気、人生の姿勢は、人を共感させ、勇気を与えると思いますよ」
村田「肯定的に考えれば、そうでしょうか……。僕はボクシングが好きで好きで、それ以外何も興味を持てないタイプなんです。もしプロに来ずに金メダリストで終えていたら、その大好きなボクシング界に伝えられるものが少なかったろうな、と思っていて。見てきたものも教えられることも、あのときと今で全然違う。そう考えると、プロになるときの野望、ラスベガスで試合をして、メイウェザーみたいに300億稼ぐというのより、将来もう1人の金メダリストを作りたい、僕が高校で恩師に出会ったような出会いを作って恩を返したい、という気持ちのほうが今は強いですね。もちろん、300億と言わずワンマッチ3億円でもぜひやらしてほしいですけれど(笑)」