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もう高萩洋次郎は“10番”ではない。
韓国仕込みの球際で代表に帰還。
text by
西川結城Yuki Nishikawa
photograph byJ.LEAGUE PHOTOS
posted2017/03/23 07:00
クラブ公式サイトの選手紹介でもテクニックやパスが強調されている高萩洋次郎。だが今は、韓国で身につけたハードな守備がそれ以上に目を引いている。
大宮戦で、ボール回しより優先したこと。
そして、高萩の変化が最も顕著に表れたのが、翌週の大宮戦だった。
ホーム開幕戦となったFC東京は、鹿島戦で消化不良となった攻撃面で、良さを出そうとしていた。ところが試合が始まると、大宮のコレクティブなサッカーに押し込まれ、ボールを持ってもうまく前に運べないまま停滞してしまった。結局しぶとく戦って最終的に2-0の勝利を収めたのだが、試合後の選手の感想は「今日の内容では厳しい」(大久保)や「中身はまったく満足していない」(森重真人)といった言葉が並んだ。
ところが、高萩だけは違った。「攻撃のところは正直まだまだ」と課題には触れたが、その後の見立ては独特だった。
「前半は特に相手のペースで、攻撃がうまくいかなかった。でも僕の中では『これでもいいかな』という気持ちでいた。相手に決定機は作らせていなかったのは事実。あと、チームのボール回しがスムーズではなかったけど、ボランチの僕がDFに近づいてパスを受けていれば、少しは改善できると思っていた。
でも、それはあえてしなかった。まずは前で相手とセカンドボール争いをすることに意識を傾けていた。そうすると後半、相手のスペースも空いてきて、あとは僕がDFからボールを受けて、そこから前にも出ていける場面が増えた」
誰もがオープンスペースに出すと思った瞬間……。
前に出た高萩は、やはり見ているこちら側をワクワクさせる選手だった。
後半のある場面。高萩が中盤の高い位置でボールを受けると、右サイド前方に広大なスペースが存在していた。そこには右サイドバックの室屋成がすでに動き出している。ところが前を見ると、1トップの大久保がスッと後ろに引いてできたスペースに、左サイドから俊足の永井謙佑が斜めの動きで走り出していた。
敵のDF、さらにはスタジアムにいた多くの人間が、右サイドにパスを送ると思っただろう。
高萩はそこですぐに選択を変更して、前方に浮き球のスルーパスを通した。ボールは走る永井の足元にピタリ。ゴールにはならなかったが、目にした誰もが舌を巻くプレーであり、広島時代からわれわれの知っている高萩が舞い戻った瞬間でもあった。
そんな決定的な仕事に関わった自らのプレーですら、彼は冷静にこう分析した。
「きっと自分が前に攻め上がる場面が増えると、相手は嫌がるだろうと思う。でも、そればかりをしてしまうと、チームとしてボールを失う回数も増えてくる。だから前半と後半に違いはあったけど、僕は90分間の中でのバランスは、今日はむしろ良かったと思っています」
それは、勝利という最大の目的に向けた、彼のサッカー観のように見えた。勝ち点を奪うために、タイトルを勝ち取るためには、理想的な展開ばかりではない。時に、パスを回すことや攻撃的であることがもてはやされるケースがある。ただ、それと勝利が常にイコールで結ばれることがないのも、サッカーだ。