マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
甲子園優勝投手・今井達也の現在地。
技術は揺れても“原点”はブレない。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2016/10/19 07:00
今井達也が背負った「甲子園優勝投手」という肩書きは時に彼を悩ませ、同時におおいに彼を助けることるだろう。
リリースの瞬間を見ただけで、ボールの軌道がわかる。
まず、体を振って投げていない。
昨秋は、速い球が投げたくって、そのための反動が欲しさに、テークバックで右手が左側のお尻に触れるほど上体を横に振って、その“振り戻し”を使って力んで投げていたのが、今は両肩のラインで投げられている。
両肩のラインがバックスクリーン方向へ向いていて、このラインから外に出ない範囲でテークバックがとられている。
だから、右手を巻き上げてもロックされることなく、右手が存分に高さをとれて、快適なトップができる。
準備動作がベストアクションだから、そこから全力で、やはり気分よく右腕を振り下ろすことができて、しかも、腕の振りの軌道は“両肩のライン”に乗る。そのラインが正しくキャッチャーミットを向いているから、投じられるボールが吸い込まれるようにミットを叩けるのだ。
甲子園の時の今井達也のフォームなら、リリースの瞬間の動きを見ただけで、150キロ近い快速球が狙ったポイントに投げ込まれることがわかる。
もっと言えば、どんなボールがどこに投じられるのか、私は言い当てられる。いや、おそらく私だけじゃない。多くの人が彼のボールの軌道をイメージできるはずだ。
それほどの安定感と合理性。
予選では半分しか投げなかった男が……。
いつの間に身につけてきたのだろうか。
甲子園での、全国制覇までの5試合。
すべて先発して、完投しなかったのは一度だけ。予選では優勝までの6試合の中で、およそ半分のイニングしか投げなかった彼が、本番の大舞台は、1人でほぼ投げきってしまった。
よく言われる「甲子園の●●ヂカラ」、最近では、特別なアドレナリンが体内に湧くともいわれるが、かりに“そういうもの”があったにせよ、炎熱、酷暑のあの大会で5試合41イニングを投げ通し、しかも決勝戦でも150キロ前後をガンガン続けた今井達也はすごかったと思う。
本当はクタクタに疲れていたはずの決勝戦でも、まるで、甲子園初戦のようなフレッシュな躍動感を振りまいて、体の痛み、ハリなど、あるはずなのにかけらも見せず、深紅の大優勝旗を栃木に持ち帰った。