マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
甲子園を“日常感”で戦った大曲工。
日頃の練習を出し切った満面の笑顔。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2016/08/17 07:00
大曲工業は、全校生徒415人のうち62人が野球部員。夏は初出場だが、強豪を相手に堂々たる戦いを見せた。
相手のエースを打席に迎えて、珍しく出した気合。
藤井黎来のマウンドさばきは興味深い。
少ないチャンスをきっちり得点につなげる花咲徳栄の上手い攻めに、1点ずつポツッポツッと取られても、落胆を感じない。逆球、抜けたボールがあると、こういうふうに投げればいいんだよな、と正しい投げ方のしぐさで何度もなぞり、“学習”しながら投げるから、連打がない。連打がないから大崩れもせず、いつの間にか7回を6安打3点でしのいでしまった。
投げ合う高橋昂也を打席に迎えると、珍しく(失礼!)ガッツをむき出しにして、フォークで三振にきってとり、エラーがらみで2点追加された8回にも、たぶんこの日MAXの142キロをマークして、まだまだ余力十分! といわんばかりの奮投が続く。
ドラ1候補を、地方大会1割以下の打者が打つ。
そんな中で、4回には花咲徳栄・高橋昂也に追撃の一弾を浴びせたのが、5番・佐渡敬斗三塁手(3年・175cm82kg・右投右打)だ。
秋田県予選の打率.071。つまり秋田では10本に1本もヒットを打てなかった彼が、甲子園のそれも“ドラフト1位候補”と謳われる剛球左腕から堂々レフトスタンドに放り込んだのだから、高校野球はわからない。
打席の佐渡敬斗には、ひるみがなかった。
予選で10本に1本も打てなかった選手が全国屈指の剛腕の前に立てば、もっとオドオド、ビクビクしていてもよさそうなものなのに、実際に打席で漂っていたのは、強敵相手に頑張っている弟分を助太刀にやってきた“兄貴分”のような男気だった。
なんの畏れもなく、それどころか、「ここはオレの出番だろー」みたいな顔で打席に入ると、強烈にボールを叩いて放り込み、当たり前みたいな顔をしてベースを一周すると、チラッとマウンドに“ガン”を飛ばして、涼しい顔でダグアウトに消えた姿が「高倉健」のようだった。むしろ、勝者の顔だった。
妙な言い方かもしれないが、大曲工業の野球には“生活感”があったのだ。
夏休み。学校のグラウンドでの練習終わりには、みんなで自転車を漕いで近くの川に繰り出して、上も下もなく、ワーワー言いながら泳いでいるんじゃないか……そんなイメージがスッと頭に描けるようなノビノビ感が、この日の一戦を支配していた。