マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
予選で消えた3825校、4万人の球児。
あえて未練で名手達に思いを馳せる。
posted2016/08/06 07:00
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
NIKKAN SPORTS
今年の夏の高校野球も、甲子園大会の組み合わせが決まり、開幕が目前に迫った。
全国の予選を勝ち抜いて集った代表49校の顔ぶれを眺めながら、あと一歩、いやもうあと半歩何かが及ばず、決勝戦で敗れ去ったチームのことが頭に浮かぶ。
あの学校のあのピッチャー、あのチームのあのスラッガー――。甲子園のグラウンドでプレーさせてみたかった選手たちの名前が、あちらに1人、こちらに1人。
予選が終わって1週間、そして10日。本人たちにとっては、もしかしたらもう“過ぎ去ったこと”なのかもしれないが、グラウンドの外側で伝える者として、そして観客として振り返ってみると、まだまだ「惜しかった!」とヒザを叩いてしまうような快腕、剛打たち。
もしかしたら、もう彼らは次の新しいステージをめざして、リセットされた心境で生活を始めているのかもしれないが、ここではあえて、まだまだ未練たらしく「惜しかった!」と彼らの“軌跡”を追ってみたい。
秋田・角館の小木田の甲子園行きを確信していた。
誰もが挙げる“本命”が見当たらず、混迷の予選が予想された秋田県は、そのとおり大曲工業、角館高、能代工業、大館国際という、あまり前評判に上っていなかった公立4校がベスト4に勝ち上がってきた。
この時点で、私は角館の出場を勝手に確信していた。絶対的エース・小木田敦也(3年・174cm71kg・右投右打)がいたからだ。
一昨年、2014年の夏。
角館高が夏の甲子園に初めて出場した時、1年生で三塁手のレギュラーとしてプレーしていたのがこの選手だった。
シートノックのスローイングをひと目見て、「こいつは投手だ」と思った。確かめたら、やはり新チームではエースだという。硬球、本気で投げたら折れてしまいそうな細い腕から、なんでこんなに伸びて見えるボールが放れるのか。一塁送球に見事なほどの“白い糸”を引いていたものだった。