オリンピックへの道BACK NUMBER
金藤理絵の8年間が込められた泳ぎ。
競泳日本選手権を象徴する涙と笑顔。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2016/04/11 17:00
残り1枠となっていた200メートル平泳ぎ代表枠を獲得。北京五輪以来の五輪出場を決めた。
立石、北島のさっぱりした表情。
一方に、代表にはなれなかった選手たちが、たくさんいる。
ロンドン五輪200m平泳ぎ銅メダルの立石諒は、100mで3位、200mで6位に終わり、代表には手が届かなかった。
ロンドン五輪後、競技生活の継続に迷いがあった。一昨年にはひじの手術を受けている。万事が順調な3年間ではなかった。
それでも200mのあとの立石は、さっぱりした表情を浮かべていた。
「やりきったので悔いはありません」
引退会見で、北島康介がこう語っている。
「水泳って、記録スポーツじゃないですか。喜びを味わえるのは一瞬で、水泳の選手は毎日プールに入って勝負しないといけない」
北島の言うように、日々、プールで選手は勝負している。
厳しいトレーニングを毎日積み重ねて、調整して、でも、誰もが代表になれるわけではない。その過程が結果に結びつかないこともあるし、自己ベストを出せたとしても、上回る選手がいれば、代表には届かない。
それでも、決断してチャレンジしてきた時間は残る。そこにこそ、価値がある。
代表34名、最年長は31歳、最年少は14歳!
大会を通じて、観客席で見守るチームメイトや関係者は、選手に声援を送り、後押しを続けた。結果を問わず、そうした日々を知るからだろう。そして、そんな選手たちが懸けるレースだから、日本選手権は特別な場となる。
大会を終えて、リオデジャネイロ五輪代表内定者が決まった。1964年の東京五輪が38名で最多だったが、リオではそれに次ぐ34名が名を連ねた。
最年長は4×200mフリーリレーのメンバーに入った31歳の松田丈志。32歳で大会を迎える松田は、日本競泳では歴代最年長での出場となる。最年少は20年ぶりの中学生での代表入りを果たした中学3年生、14歳の酒井夏海。
ベテランから新鋭までが幅広くそろった代表たち。世代交代ではなく、世代が連なっているかのような日本代表選手たちは、敗れた選手たちの思いも背負い、大舞台へ挑む。