オリンピックへの道BACK NUMBER
睡眠と同じくらい毎日ずっと水泳を。
北島康介、28年間の幸せな競技生活。
posted2016/04/12 17:00
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Yohei Osada/AFLO SPORT
あたたかい拍手とはこういうものか。
4月8日、200m平泳ぎ決勝が終わったあと、プールに一礼した背中に向けて、場内から拍手が広がった。たくさんの人がそれぞれに手をたたいているのに、1つの意志がそこにあるようだった。
北島康介が第一線を退いた。
長い競技生活の中で残してきた実績は、枚挙にいとまがない。アテネ、北京両五輪での平泳ぎ2冠達成。100、200mそれぞれで出してきた世界記録……。トップスイマーとして、さまざまな成績を刻んできた。
注目を集める存在になったのは、2000年の日本選手権だった。100mを日本新記録で優勝し、シドニー五輪代表に選ばれたときだ。
そのシーズン、今も忘れがたい光景がある。2000年8月末頃のことだ。
単なるイベントで、日本新記録を出してしまう男。
辰巳国際水泳場で、ジュニアオリンピックが開催されていた。その大会中、シドニー五輪に出場する、たしか4人の代表選手が泳いだ。壮行を兼ねて、「タイムトライアル」として実施された。
試合と違いただ1人スタート台に立ち、100mを泳いだ北島がタッチした瞬間、スタンドで見守っていた子どもたちから「おー」、「すげえっ」と声がもれた。場内がどよめいた。「日本新記録」だったからだ。
関係者からこんな言葉も聞こえた。
「ここで出さなくてもねえ。もったいない」
「なんで本気で泳いだんだろう」
公式のレースではないため、記録が公認されないことは分かっていた。オリンピックを間近に控える時期でもある。ただ、その時に震えるような思いをしたこと、そしてここで本気になれる北島という存在をとんでもない選手だと感じたことを覚えている。
シドニー五輪では100mで4位。
それ以降の実績は語るまでもない。
その経歴の中で、特に強い印象を残してきたのは、はたからは逆境と思える場面での強さだった。