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[平成18年第82回大会優勝] 亜細亜大学「駒沢大学5連覇を阻んだ“雑草魂”」 

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熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byPHOTO KISHIMOTO

posted2015/12/17 07:00

[平成18年第82回大会優勝] 亜細亜大学「駒沢大学5連覇を阻んだ“雑草魂”」<Number Web> photograph by PHOTO KISHIMOTO

最終走者、岡田直寛は直前までの緊張を克服し、確かな足取りで快走。亜細亜大初優勝のゴールを切った。

無名の若者を育てる岡田監督の手法。

「監督に就任したとき、学長は私に『箱根に常時出られるようなチームを作ってほしい』と言いました。箱根はハーフマラソンの積み重ね。こんな過酷なレース、高校生は走りません。大学でも箱根だけです。だから箱根は別物。トラックの1万や5000が速くないからといって、箱根に弱いとは限らないんです」

 無名の若者たちを、箱根駅伝に耐えうる強靭なランナーに育てる。それは岡田の得意とするところだった。この指導者はニコニコドー時代、1万メートル日本一の松野明美を日本有数のマラソンランナーに育て上げた実績を誇っていた。

 一にも二にも走り込み。岡田は部員たちを徹底して走り込ませた。

 亜大の部員たちは、文字通り寸暇を惜しんで走り込んだ。練習開始は早朝5時半。しかし多くの選手は、それよりも早くから走っていた。西多摩の合宿所から武蔵境のキャンパスまでの、30キロの道のりも走る。午後は授業が終わると急いで合宿所に戻り、トラックに飛び出す。だれかがすでに走っていると「やられた!」「先を越された!」と悔しがる。それほど走ることに夢中だった。

夏の途方もない走りこみ。

 夏の阿蘇合宿でも、限界まで走り込んだ。選抜メンバー20人全員が20日間で800キロを走破した。単純計算で1日40キロ。しかも800キロは最低ラインで、「チームメイトより一歩でも多く」の精神で、多くの部員が夏の1カ月で1300キロという途方もない距離を走り込んだ。

 優勝までは信じられなかったが、本番を迎えたとき、亜大の面々は「どこの大学より、俺たちは走り込んだ」という揺るぎない自信を手にしていた。

 前述したように亜大は1、2区で出遅れ、13位に落ち込んだ。だが岡田監督は、巻き返す可能性は十分にあると踏んだ。

「ウチには14人くらい、だれを使っても遜色ないメンバーが揃っていました。他校の多くは往路に有力選手を投入しますが、ウチは往路、復路とも穴がないんです。後半に行くにしたがって、順位が上がると考えていました」

 序盤につまずいた亜大だが4区の菊池昌寿が区間2位、5区の小澤信が区間4位の力走を見せ、往路を6位で終えた。首位の順天堂大学とは2分51秒差、悪くない位置につけた。

【次ページ】 「2位で持ってきてくれた。これはおいしい!」

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亜細亜大学
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