スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
破産寸前からの劇的な復活。
バレンシアは第2のアトレティコか。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byManuel Queimadelos Alonso/Getty Images
posted2014/10/07 10:40
チームを再建中のヌーノ監督(写真中央)。強面とあごひげ、筋肉質な体躯が特徴の指揮官には、今後も要注目だ。
明らかな負け試合を覆す采配とシステム変更。
相手ボール時はハーフライン前後からプレスをかけ、奪ったらまず速攻を試みるが、無理と判断したらポゼッションに切り替える。ヌーノがチームに求めているプレーは、簡単に言えばその繰り返しである。
ただ今季のチームは、ボールを持った際には速攻に出るのか、ポゼッションを保つのか局面ごとにやるべきプレーをチーム全体で共有できているため、攻守両面でミスの少ない安定したプレーが実現できている。
もちろん常に自分たちのペースで試合を進められるわけではないのだが、今季のチームは劣勢に立たされた際、全員守備で耐え凌ぐ粘り強さを身に付けている。
4-3-3を基本システムとしながら、劣勢の展開ではボランチを1人増やした4-2-3-1に変更して中盤の守備力を強化し、ゲーム終盤の勝負どころでは4-4-2に再度システムを変えてサイドから2トップにクロスを入れるダイレクトプレーでチャンスを作り出す。
内容的には明らかな負け試合だったセビージャ、レアル・ソシエダとのアウェー戦を1-1のドローに持ち込み、しかも相手が攻め疲れたゲーム終盤には勝ち越すチャンスまで作り出すに至った。その時その時に勝つために必要な手段を選択するヌーノの柔軟な采配の賜物だったと言えるだろう。
チームの変化が、スタジアムにファンを呼び戻した。
とはいえ、そういった采配も選手たちがピッチ上で体現しなければ成り立たない。その点、今季はチーム全体にハードワークの意識が身に付いており、守備時にさぼる選手が見当たらない。3-0で勝っている試合の終了間際でも前からボールを奪いに行く意欲すら見せているのだ。それはまさにルフェテが求める「バレンシアのためのプレー」であり、自分たちの力を過信しがちで、ゲームの主導権を握れなくなるたびに脆さを露呈してきた昨季までとは対照的なメンタリティである。
こうした選手たちの献身性はチームに好結果をもたらすだけでなく、辛口で知られるバレンシアニスタたちの心を掴む効果ももたらしている。
5節コルドバ戦では平日夜の22時キックオフ、相手は昇格組という一戦に4万3000人ものファンが駆けつけ、3-0の快勝を彩る素晴らしい雰囲気を作り出した。この後、ヌーノは「この試合に勝ったのはメスタージャだ」と誇らしげに語っていた。
近年のメスタージャ・スタジアムは、過去の栄光が忘れられないファンがフラストレーションを吐き出す場となって久しく、拍手より口笛、応援歌より罵声ばかりが聞かれるようになっていた。その影響で「アウェーよりホームゲームの方が戦いにくい」という逆転現象までもたらしていたのだが、今季は久々にファンとチームが一体となって戦う雰囲気ができているのだ。