ブラジルW杯通信BACK NUMBER
日本代表専属シェフ・西芳照。
厨房から見た“もう一つのW杯”。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byTsutomu Takasu
posted2014/07/29 10:30
2004年から日本代表のために料理を作り続けてきた西芳照さん。ジーコ、オシム、岡田、ザッケローニ監督らの代表とともに、西さんも戦い続けてきた10年間だった。
今回のW杯は、専属シェフとしても「集大成」。
――試合が終わったとき、西さんはどういった心境でした?
「グループリーグ敗退が決まってショックで落ち込んでいる選手たちの姿をスタンドから直視することができませんでした。私も残念な気持ちでいっぱいでした。食材は準決勝分まで準備していました。試合前日に食べる蒲焼き用のウナギも大量に仕入れてありましたから。チームは高い目標を掲げていましたし、食事、栄養面からちょっとでもその後押しができればと思っていましたけど……」
――少しでも恩返しできたという思いは?
「いや、そこはどうなんですかね……。もちろんやるべきことはやったつもりです。少しでも恩返しできればという思いはありましたけど、食事の面で支えることが本当にできたのかどうか、わからないというのが正直な気持ちです」
西は日本を離れる前、今回のW杯を専属シェフとしての「集大成にしたい」と言った。
この仕事を完璧にこなしていくには、相当な体力が求められる。昨年のコンフェデでは冷房の利かない厨房での業務がたたり、疲労がなかなか抜けなかったという。
「若いときは、疲れなんて何でもなかったんですけどね。チームに迷惑がかかることだけは絶対に避けなきゃいけないですから」
以前に、そう漏らしたことをふいに思い出した。だからこそ、彼は全身全霊、己に課された役割をまっとうしようとした。
いかなる立場でも、日本サッカーへの思いは変わらない。
日本代表はハビエル・アギーレ監督を迎え、スタッフなど体制も変わってくる。西自身も4年後のロシアW杯を目指していくのか、それとも後任者に引き継ぎながら徐々に身を引くのかは、「協会との話し合いが済んでない段階で、言えることは何もありませんね」としか語らなかった。
恩を返していく。
たとえいかなる立場になろうとも、日本サッカーに対するその思いは決して変わることがない。
別れる前、西は笑顔をつくって言った。
「ブラジルで人気だったポンデケージョをここ(Jヴィレッジ)でもいつか出そうかなと思っているんですよね。喜んでもらえると嬉しいんですけど」
福島も暑い夏を迎えている。
代表専属シェフの顔から、「Jヴィレッジのシェフ」の顔に戻っていた。