日本代表、2014年ブラジルへBACK NUMBER

「今はトップ下で突き抜けてみたい」
二足の草鞋を脱いだ中村憲剛の覚醒。 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

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photograph byToshiya Kondo

posted2014/02/07 10:40

「今はトップ下で突き抜けてみたい」二足の草鞋を脱いだ中村憲剛の覚醒。<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

昨季3位でACL出場権を獲得した川崎の中心にいたのは、紛れもなく中村憲剛だった。“本職”としてさらに凄みをますトップ下のプレーが、代表にもたらすものは大きいはずだ。

コンフェデの経験が、シュートの優先順位を上げた。

 コンフェデ以降、フロンターレでシュートシーンを増やしていくにつれ、ようやく中村のなかで見えてくるものがあった。

 パスを点で合わせる「出し手」としてばかりでなく、逆にパスを点で合わせられる「受け手」としてシュートまで持っていく醍醐味。磨かれていく大久保、レナトたちとのコンビネーションは他を圧倒していった。

 変化の一つのきっかけとして、世界の強豪とぶつかったコンフェデは外せないだろう。プレーの判断を早くしていく必要性を感じ、帰国してからはそれを意識して実践に移していた。

 ボールを持っても、世界が相手であれば余裕など持たせてくれない。判断のスピードを極力上げていくなかで、シュートを第一の選択肢に持っていく意識が自然と高まっていったようにも見えてくる。

 9月14日のサンフレッチェ広島戦(ホーム)ではゴール右の角度のない場所から「ちょっと動いた」という日本代表GK西川周作の逆を突いてニアにゴールを射抜いている。ラストパスを受け取るタイミングといい、シュートといい、まさにプレーも判断もスピーディーで、アタッカーとしての魅力溢れるようなゴールだった。

“やらされている感”を感じていたトップ下。

 新境地に至るには、熟成の時間が必要だったのかもしれない。

 彼は少し苦笑いを浮かべた。

「これは今思うとなんですけど、(コンフェデまでのトップ下は)中途半端だったのかもしれないし、心のどこかに“やらされている感”のようなものがあったのかもしれない。(代表では)トップ下で使われる意味を自分でよく飲み込めないまま、時を過ごしてしまったかなって思う」

 ボランチで使われないのは「自分の守備が信頼されていないからなのだろうか」と悩んだ時期もあった。己に求められているのは、周りを活かすボランチとしての攻撃的要素だと自分なりに解釈していた。ボランチの延長線上に、トップ下の役割というものをコーディネートしてきたつもりが、自分の答えを見つけられないままでいた。

【次ページ】 今も忘れられない、南アW杯の後悔。

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