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<3度目の五輪で頂点を> 加藤条治 「金メダルへの“壮大な実験”」
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byTakuya Sugiyama
posted2014/01/28 06:15
昨季から心・技・体の持っていき方を掴みつつあった。
――決まったメニューはないのですか?
「メニューはいくらでもバリエーションがあって、例えば自転車をやるにしても、長距離を走る、山を登る。山を登るにしても、強度はいくらでも変えられる。パートナーは毎朝困っていましたけどね(笑)」
――'13年1月の世界スプリント選手権(ソルトレイクシティ)の500mで7シーズンぶりに自己ベストを更新し(34秒21=日本新記録)、500mは2レースとも1位という結果でした。
「もちろん記録で示せたのは良かったのですが、出せなかった7年間も地力は確実についてきていると感じていたので、特別な思いはないですね。それに、世界のレベルがかなり上がっていますから、あの頃の自分だったら今のレベルにはついて行けません」
――続いて3月にソチ五輪会場で行なわれた世界距離別選手権では2位。課題だった安定感がついてきたのでは?
「そうですね。昨シーズンは一つの大会だけじゃなく、全体的にうまくまとめられたのが良かった。戦い方が分かってきたし、体の持っていき方、心の持っていき方もうまくなってきて、そういうものを掴みつつあると感じていました。そこで得たことを今シーズンに生かそうと頑張っているところです」
2度の五輪で味わった悔しさが地道な取り組みを支える。
21歳ながら、34秒30という当時の世界記録をひっさげて華々しく出場したトリノ五輪では、ピーキングに失敗した。
その反省を踏まえ、さまざまな試行錯誤を繰り返して臨んだバンクーバーでは、銅メダルという「ギリギリで合格点」(加藤)という結果ではあったが、それまで無名だった21歳のモ・テボン(韓国)に金メダルをかっさらわれた。銀メダルに輝いたチームメイトの長島圭一郎の後塵を拝することにもなった。
「あのときのことは振り返りもしませんし、もう忘れました」とは言うが、バンクーバーで「悔しい、悔しい、悔しい」と3度繰り返した思いが、その後の地道な取り組みを支えてきたのは間違いないだろう。
バンクーバーからここまでは、以前にも増して、微に入り細をうがつ試行錯誤を繰り返してきた。