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4連覇直後の感謝、感謝、感謝……。
プロストに並んだ若き王者ベッテル。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byREUTERS/AFLO
posted2013/11/03 08:01
4連覇を決めたレース後、スタンドに向かってグローブを投げ入れたベッテル。圧倒的な強さとこの気さくさの共存が、人気の理由の1つであることは間違いない。
4連覇したベッテルがホームストレート上でスピンターンした後、ひざまずき、頭を垂れた。その先にあったのは、彼がドライブしていたRB9。F1界の天才デザイナーと言われるエイドリアン・ニューウェイが手がけた名車である。2010年から連覇してきたベッテルの足下を支え続けたのは、いずれもニューウェイがデザインしたマシン。この日、ベッテルが見せた最初の謝意だった。
しかし、それは単にニューウェイが速いマシンを用意してくれたことに対して感謝の念を見せたのではなかった。最後まで無事に走り切ってくれたこと、そしてそういうマシンを準備してくれたメカニックたちを賞賛する気持ちも含まれていた。
インドGPでポール・トゥ・ウィンを飾ったベッテルだったが、レース終盤はいつリタイアしても不思議ではない状況で走行していたからだ。
「マーク(ウェバー)がオルタネーター(発電機)トラブルでリタイアしてから、チームは僕のマシンにも同じトラブルが起こる可能性があると判断して、極力電気を使わないで走行してほしいという指示を無線で伝えてきたんだ。もっとも大きな電力を使うKERS(運動エネルギー回生システム)はもちろん、電気でポンプを作動させているドリンクボトルのスイッチも使わないようにしていた」
10月下旬とはいえ、デリー近郊のブッダ・インターナショナル・サーキットの気温は、レーススタート時で31℃。ナイトレースのシンガポールGPよりも過酷な条件だった。レース後、記者会見場にもシャンパンボトルを持ち込み、質問の合間にラッパ飲みしていたのは、そんなことも関係していた。
インドへの深い思い入れと、共感。
次にベッテルが感謝の気持ちを伝えようと向かった先は、グランドスタンドだった。フェンスによじ上り、そして愛用していたレーシンググローブを2つ、投げ入れた。
「僕はインドに行くのをいつも楽しみにしていた。なぜなら、この国に来るとひとりの人間として、多くのことを学ぶことができるからだ。確かにこの国には多くの問題があり、平均的な暮らしはヨーロッパよりも低いかもしれない。でも、彼らが不幸かと言えば、決してそうは言い切れない。
僕もいつも金曜日は忙しく、夕食を食べたあともマシンのフィードバックを記録したり、セットアップについてエンジニアと長いことミーティングする。だから、パドックを出るのは夜遅くなるけど、決して辛かったり、嫌だなと思ったことはない。パドックに入るとき、刑務所に入るようだという人もいるけど、僕にとってはサーカスに行くような気分さ。
それは僕が勝ち続けているから言っているんじゃなくて、たとえ最下位でゴールするような状況でも同じ。生きていることが楽しい。それはインドの皆さんと同じ。だから今日、チェッカーフラッグを受けてグランドスタンドの前を通り過ぎて、ウイニングランしているとき、思ったんだ。レースエンジニアからは『いつも通りに帰ってこい』と言われたけど、『そんなの関係ないや。もう一度、愛すべきインドの人たちがいるグランドスタンドへ行こう』って決めたんだ」