ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

「孤独」の深さを教えてくれた、
60代のひねくれた友達。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

PROFILE

photograph byYusuke Ide

posted2013/09/08 08:01

「孤独」の深さを教えてくれた、60代のひねくれた友達。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

井手くんがお世話になり、色々なお話をしてくれたTed&Mihoko夫妻。

「人間には適切な距離感ってやつがあるんだ」

 翌朝、Tedと共に外に出る。玄関には片仮名で「ミホコ」「テッド」とある。隣人と挨拶を交わして車へ乗り込む。

「俺たちはパーティが嫌いなんだ。酒も、タバコも、ドラッグもやらない。何より、人と無理に関わるのが嫌なんだ。隣人はそれをよく知っていてね、いい関係を築けていると思うよ。人間には適切な距離感ってやつがあるんだ」

 リモコンで『ファニーゲーム』に出てくるようなゲートを開け、車は町へ。そして、山へ向かう。

「このカローラはミホコの車でな、俺の車は古過ぎて峠まで送ってやれないんだよ。アメリカ人は病的に車が好きなんだ。不思議だよな」

 彼らの住むJamestownはその昔、ゴールドラッシュで栄えた町だったという。

「この間まではJimtown だったんだ。多分どこかのお偉いJamesさんが権利を買ったんだろうな。しょうもないことさ」

 彼の言葉からはところどころ厭世の感が染み出てくる。

Tedは今日も、自分の昔話を聞かせてくれる。

 僕が早くにトレイルに出られるよう車のスピードを上げていく。前をゆっくり行くトラックに文句を言いながら。

「カリフォルニアでは、後ろに5台以上車が付いていたら道を譲るのがルールなんだ。まったく。天気が崩れる前にトレイルに送ってやりたいのに」

 そんな彼を横目に、僕はどうにかこの時間が長引けばいいのになあと思っていた。

 登山口までは2時間のドライブ。Tedは今日も、自分の昔話を聞かせてくれる。ユーモアは忘れずに。

「オー、ボーイ。遠い昔の話だよ」

「待ってました!」

 マンゴーをかじり、ハンモックで眠ったグアテマラでの旅の日々。

 冬のアフガニスタンの山が美しかったこと。

 ネイティブ・アメリカンと抱き合って寒さを堪えた'60年代のジョン・ミューア・トレイルの夜。

 ガラガラ蛇はチキンの味がして美味しいこと。

「レストランで残飯を漁っていたら、同じことをしている少年に会ったんだ。お互い少しだけニヤッとしてね。でも食べるのに夢中で、お互いに一言も喋らず逃げちまったなあ」

「アフリカに行く時は貨物船に乗せてくれるように交渉したものさ。ホーボーって分かるか? まあ、渡り鳥労働者みたいな感じさ」

「クライミングのことはよくわからないんだけれど、マッターホルンにも登ったよ。途中で上にも下にも行けなくなってね。近くに置いてあったクライミングギアを拾ってなんとか対処したよ。今になって思えば、あれは誰かの遺物だったんだろうな」

 信じられないような話が、次々と彼の口をついてでる。

【次ページ】 どうしてこんなにトレイルに戻るのが辛いのか。

BACK 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 NEXT

他競技の前後の記事

ページトップ