ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
「孤独」の深さを教えてくれた、
60代のひねくれた友達。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/09/08 08:01
井手くんがお世話になり、色々なお話をしてくれたTed&Mihoko夫妻。
ひとり、またひとりと、旅の相棒が減ってゆく。
僕が嗚咽にむせていると、ビールを片手にCommandが寄ってきた。
「おい、ユースケ。泣いていたってカナダはやってこないぜ!」
その通りだ。わかっている。
ユースケと本名を呼んでくれるのは、トレイルネームがつく前からの付き合いだからだ。ロジャーとパンケーキを食べた店で彼と出会ってから、もうほぼ2カ月が経つ。
そんな彼もまた、旅の相棒を失ってしまった一人なのだ。
ここに来て、何人かバックパッカーがトレイル歩きをリタイヤし始めた。その理由は身体的なものだったり、精神的なものだったり、喪に服す為だったりと様々だが、トレイルで人に会うことが確実に減ってきた。
この連載ではお馴染みのRUM MONKEYも、腰痛が理由でカナダへ帰ってしまったらしい。
月並みな言葉だが、出会いの数だけ別れがあるのだ。
下を向いて歩こう。涙はこぼしてしまえばいい。
何かを忘れようとするように、僕は足を前へと出す。トレイルはぐんぐんと標高を上げて行く。峠にかかるハイウェイははるか下だ。Tedのカローラが停まっていた2日前が懐かしい。
雲が出てきて、雷が鳴り出す。これまでの経験から、雨が少し怖くなっていることに気付く。
情けないことに、僕は道を引き返すことを考え始めた。Tedに会いたい。
「ああ、しっかりしろよ」
自分の頬を叩く。
雨具に蒸し暑さを感じながら気づいていた。きっと、今の寂しい感情や不安は時間が経てば薄れていくだろう。人間は忘れることで、辛いこと悲しいことを乗り越えていく。
それは嬉しいような、なんだか切ないような気もする。
だったらいっそ、辛い今を、この感情を今この時は、顎が外れるくらい噛み締め、胸がはちきれるくらい抱きしめてやろう。
僕は、それまで無理やりにTedとの思い出をかき消そうと努めていたのを辞め、彼のことを考えながら、山を歩くことにした。
「下を向いて歩こう」
転ばないように。涙は山にこぼしてしまおう。いいじゃないか。誰も見てやしない。
喜怒哀楽があるからこそ、旅が豊かになるのだ。波がなくカナダへ辿り着くより、そっちの方がよっぽど「愉しい」はずだ。