ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
「孤独」の深さを教えてくれた、
60代のひねくれた友達。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/09/08 08:01
井手くんがお世話になり、色々なお話をしてくれたTed&Mihoko夫妻。
優秀なバックパッカーは静かに歩く。
彼の言葉を聞いていると、この旅で経験してきた辛かった思い出なんて、パンケーキの上のバターみたいに溶けていく。
「お前くらいの年のヤツはな、旅に出て苦労をするべきなんだ」
「トラベル」と「トラブル」って、なんだか少し似ているな。そんなことを思いつつ、彼の話を聞く。
話の最後に、自分が出会ってきた死に触れるのを忘れない。
「でもな、無理のし過ぎはいけないんだ。死んではいけないんだ」
僕が熊に何度か出会い、音を立てながら歩いたことを話すと、彼は真面目な顔をして言う。
「なんて愚かなことを。いいか、優秀なバックパッカーというのは、静かに歩くんだ。そうすれば、熊に会える。運が良ければ、コヨーテやクーガーにさえ、シエラでは出会えるんだぞ。大丈夫、アメリカのブラックベアーは人間を襲わないから。食糧の管理にだけ気を遣えばいい」
優秀なバックパッカーは静かに歩く。なんて含蓄に富んだ言葉だろうか。トレッキングポールを叩きながら夜に歩いた僕は最低のバックパッカーである。
アメリカに来て一番のご馳走をいただいた。
ミホコさんは朝から夕方まで働きに出ており、車で一緒に町を巡回してくれたTedと英語で話した時間の方が長かった。
2日を共に過ごしただけにも関わらず、彼のことがすっかり大好きになってしまった。
トレイルへ戻る前夜、二人に連れられ、地元で有名なプライムステーキを出すレストランへ行った。メニューを見て固まっている僕にミホコさんが言う。
「大丈夫ですよ。私たちが払います。それくらいは稼いでいますから」
それはわかる。彼らの家には客間が何室もあり、庭にはプールとジャグジー付きだ。湖が近くにあるので、地中海式建築なのだと、プールを泳ぎながらTedは教えてくれた。
「とはいえ、客はめったに招かないんだがね。お前が4人目さ」
目を泳がせつつ、二人と同じメニューをオーダーした。アメリカに来て一番のご馳走は、このステーキだろうか。
いや、前日にミホコさんが用意してくれた「ほうれん草のお浸し」かもしれない。てんやわんやで彼らの家に着いてシャワーやら洗濯やらを済ませ、食卓に出てきた素朴な味に、なんだか人心地ついたのを思い出す。
僕がカメラをテーブルに置きっ放しにしてトイレに行くと、彼は真剣な顔をして注意をした。
「悪いが、ここはアメリカなんだ。気をつけなさい」
そうそう、こんな具合に、彼の言葉には所々、ハッとさせられた。