野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
美術家・ながさわたかひろの
“プロ野球”人生最後の聖戦。
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byHidenobu Murase
posted2013/08/27 10:30
ながさわたかひろ氏は今日も増渕のユニフォームとともに、“選手”として一人シーズンを戦っている。
今の財政状況で作れるわけがない作品が……。
一人のスワローズファンとして描く、今季の作品は、昨年と同じく色鉛筆で描く「ぬり絵」。しかし、これまで1枚の紙に3試合分描いていたものを1試合1枚で描くなど、選手として活動していた昨年以上に精度が高まっている。
さらに今季は選手のベストショットをA4のパネルに落とし込み、それを直接選手に渡して力にして貰おうとしているのだが、これがまたグッズとして売り出したら間違いなく人気商品になるであろう完成度の高さ。なんというか、スワローズはもっとながさわを上手く使えばいいのに……とこちらがヤキモキしてしまう出来栄えだ。
だが、財政的に逼迫する状況で、こんな大盤振る舞いができるのは何故なのだろうという疑問が過る。ながさわは言う。
「このパネルなんて今の財政状況では作れるわけがないんですよ。でも、僕の大学の後輩で今は絵描きを辞めて資材会社に就職した奴が、資材を格安で卸してくれて、自分の仕事が終わった後にプリントする作業も買って出てくれているんです。『ながさわさん、売れてくれよ』って言いながらさ。
彼だけじゃないですよ。昨年の『プロ野球ぬりえ2012』をただ同然の値段で本にしてくれた印刷所の人、僕なんかをキャンプに呼んでくれた浦添市の観光協会の人、OB会に誘ってくれた新聞記者の方もそう。お金がない僕に『チケットが余ったからあげるよ』ってくれるスワローズファンの人もそうなんです。いろんな人が力になってくれているおかげで今の僕は活動させて貰っているんです」
あと一日続けたら、何者かになれるかも。
ながさわは「自分に才能はない」という。美大時代には天才的な才能を持つ人間を数多く目にし、自分の凡才ぶりを嫌というほど思い知った。だが、それでもながさわは絵を辞めることだけはしなかった。日本では絵描きで生活できる金を得られることはほぼ不可能に近いというが、それは年月が経つごとに次々と筆を置いていった、才能にあふれていた同級生たちが証明してきた。そんな人らに『あいつ、何やってんだ?』と笑われながらも、ながさわは、自分の芸術を追い求めることだけは辞めなかった。
「続けることが才能だと言う人もいますけど、僕はそうは思わない。才能なんてない。金もなくて生活も苦しいです。一般企業に就職してしまえば……と思ったことも当然あります。絵を描くことを辞めて就職すれば生活は楽になるでしょ。でも……でも、あと一日続けていたら、何者かになれているかもしれない。そんなみみっちい思いがあるから続けているんだよなぁ。人生一度しかないですからね。やれるだけやってダメでも、後悔は残したくない。それだけですよ」
それが才能であれ、行動であれ、降りてしまった人間は後先考えずに突き抜けられる人間に、自身ができなかった希望を託す。ながさわの活動に賛同する人が増えているのも、そういったことであり、プロ野球の世界に人々が惹かれるのもまた、同じような原理のような気がしてくる。