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美術家・ながさわたかひろの
“プロ野球”人生最後の聖戦。 

text by

村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

PROFILE

photograph byHidenobu Murase

posted2013/08/27 10:30

美術家・ながさわたかひろの“プロ野球”人生最後の聖戦。<Number Web> photograph by Hidenobu Murase

ながさわたかひろ氏は今日も増渕のユニフォームとともに、“選手”として一人シーズンを戦っている。

檄を書いてもらった増渕のユニフォーム。

 ポスト一場として目をつけ、浦添キャンプで「俺もやるからお前もやれ!」とユニフォームに檄を書いてもらった増渕のユニフォームを身に纏い、苦しい胸の内を語るながさわ。その険しすぎる表情が、小川監督が5回3失点で抑えた八木の交代を球審に告げるためにグラウンドへ現れた途端に和らいだ。

「思えば高田監督が休養して、小川監督がバトンを受け継いだ1年目からはじまったんですよね」

 そんなことを小さくつぶやいた。

「昨年の個展が終わって選手を引退し、ファンとしてやっていこうと決意した直後ですね。個展を見に来てくれていた元新聞記者の方から連絡を貰って『OB会に一緒に来ないか』と誘ってくれたんです。そりゃー二つ返事で行きますよ。小川監督の最後になるかもしれないシーズン前に、昨年の作品“プロ野球ぬりえ”のすべてを見て貰いたかった。作品の最後のページにサインをくださいって言ったんですが、『そんなことはできない。せっかくの作品を汚してしまう!』って、作品の裏にこう書いてくれたんです。『2013年 優勝 共に頑張ろう!! “ながさわ選手” 監督 小川淳司』って」

 ながさわは動揺した。引退宣言したばかりなのに、“OB会”に出席しているのに、事情を知らない小川監督は「選手」と自分のことを呼んでくれている。これまで、自分の活動に意味があるのかと確信が持てないままやってきた3年間は、決して無駄ではなかったと思えた。この人と一緒に戦いたい。スワローズの選手たちが抱いているであろう思いを、ながさわははじめて実感した。そして、やはり自分はスワローズの選手になりたい。4ケタでも5ケタでも10ケタでもいいから、背番号を貰ってチームのため、小川監督のために戦いたい。そんな気持ちが強く湧いてくることを感じた。

 しかし、ながさわはファンとしてシーズンを描くことを選んだ。

他球団の選手より、畠山のゲッツーを描く。

「これまでの僕の活動を支えてきたものは、『自分は選手なんだ』という思いでした。だから、選手として描くのと、絵描きとして描くのは全く作品の意味が違うんです。選手というしばりがない自由な中でどういうものが描けるのか。そういうアプローチなら、チームの成績は上がるかも。そんな思いから今シーズンは、はじめて絵描き・ながさわたかひろとしてプロ野球を描きはじめました。

 でも、シーズンの最初の方は『ファンだから』ということを自分の都合のいいように解釈して、立ち位置が中途半端な感じになってしまいました。スワローズでは選手としては認めて貰えないんだから、対戦チーム目線で描いて、シーズンオフに他球団に売り込みに行こうなんて考えていたこともありましたよ。けど……やっぱりね、そんな考えじゃチームが勝てるわけないんですよ。今年、最下位にいるのもそういうこと。そうなると欲で動いていた自分がね、許せなくなってくる。

 スワローズファンならば、他球団の活躍した選手より、畠山のゲッツーを描いた方がいいんじゃないか。そんな葛藤の後に今があります。結局ね、やってることは選手時代と同じになるんですよ。ただ、今の僕を動かしているものは美術家としての矜持というよりも、単純な『スワローズ愛』なんです。それって根本は選手もファンも気持ちは同じことなんだなってことには気付くことができましたけどね」

【次ページ】 今の財政状況で作れるわけがない作品が……。

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