野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
美術家・ながさわたかひろの
“プロ野球”人生最後の聖戦。
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byHidenobu Murase
posted2013/08/27 10:30
ながさわたかひろ氏は今日も増渕のユニフォームとともに、“選手”として一人シーズンを戦っている。
なんとかねぇ……結果を残したいですよね。
今年の夏。ながさわに影響を与えたもう一人の野球人がいた。
山形県勢として初の甲子園4強入りを果たした日大山形・荒木準也監督。彼はながさわのハトコにあたるのだとか。
「母の姉ちゃんの孫にあたるんですよ。小さい時に法事とか親戚の集まりで会うこともありましたけど、彼は子供の頃から野球が上手くて、プロ入りするんじゃないかって言われていてね。一族の誇りでしたけど、今や監督になって甲子園で勝ち抜いて、チームが山形県の誇りになっている。一方で僕は東京で『プロ野球選手を引退しました!』とか、なんだかよくわからないことをしているわけでしょ。なんとかねぇ……結果を残したいですよね。
美術家として球団に認めて貰って……やっぱりプロ野球選手になりたいですよ。球団旗の前でユニフォームを着させてもらってさ。衣笠社長や小川監督と握手してね……」
今年の7月9日。スワローズは山形で巨人戦を行った。その日に合わせてながさわは帰郷し、昨年他界した、父の新盆に帰れない分のお墓参りを済ませると、熱烈なカープファンである母を連れてはじめて野球観戦に訪れた。
巨人に追いすがるも届かないスワローズの戦いを親子二人で観ながら、父親と同じように、母もまた、野球の話はしても、ながさわの活動に対して言及することはなかった。
いやいやいや、試合中に酒は飲めないですよ。
東京ヤクルトスワローズは現在も最下位に低迷している。このまま敗れ、小川監督がチームを去ることになれば、ながさわも運命を共にする覚悟をしている。最後の聖戦。それがこのシーズンに挑む前にながさわが付けた今季のテーマだ。
「景気づけに一杯行きますか? 奢りますよ」
連敗脱出が見えてきた試合の終盤、そう言って、ビールの売り子を呼び止めると、ながさわは手を振って制止した。
「いやいやいや、試合中に酒は飲めないですよ。選手は懸命に頑張っているんです。俺が酒飲んだら……ダメでしょ」
試合を見据える眼の力は昨年同様失われていなかった。スワローズファン・ながさわたかひろは、いまだに“プロ野球選手”として戦っている。
そんな彼が人々の思いと、自身の逡巡と葛藤の果てに描き出した集大成と位置付ける作品は、シーズン終了後、どんな思いを見る人に与えてくれるのだろうか。
ながさわたかひろの東京ヤクルトスワローズでの物語、そのクライマックスは近い。