ボールピープルBACK NUMBER
貪欲なブラジルが静かに優勝。
お土産はダビド・ルイスの肘打ち。
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph byAtsushi Kondo
posted2013/07/03 13:50
コパカバーナにいた“ボールピープル”のひとり。カナリアイエローがビーチに映える。
かつてのスタジアム周辺は歩くのも危険な場所で……。
試合3時間前、メディア用の入り口を右に出てスタジアムの周りをすこし回ってみる。周辺の道路は数ブロック先から警察にブロックされ、歩行者天国となっている。同業の若い日本人カメラマンから「おつかれさまでーす!」と挨拶され、そのちょっと呑気な言葉の響きに拍子抜けする。
マラカナンから大通りを挟んだ向こう側には広大なファベーラ(スラム)が広がっていて、以前ならスタジアムの周辺をカメラを持って歩き回るなんて、絶対にあり得なかった。昔はスタジアムへサッカーを見に来るサポーターの中にも危ない連中がかなりいて、試合後にはスタジアム周りでさんざん悪さをしていたものだった。
はたしてマラカナン周辺がもはや危なくなくなったのか、あるいはコンフェデの期間に限って危なくないだけなのか、僕にはわからない(たぶん前者だとは思うが)。
今大会、スタジアムに来る人たちはブラジルの中でも中流から上に属し、基本的にはお金を持っている人たちのようだ。それが良いか悪いかは別として、幸福で安全なイベント感があたり一面に漂っていた。
たしかに、サッカー場が安全なことに越した事はないのだけれど……。
「本番にはフレッジが絶対に決めますから」と、福西崇史が予言。
午後5時、決勝の舞台はまずブラジル音楽界を代表するミュージシャンたちのライブでスタートした。アルリンド・クーズ、ヴィトール&レオ、イヴェッチ・サンガロ、そして大御所のジョルジ・ベン・ジョール。
ジョルジ・ベンが、自ら大ファンであるフラメンゴの優勝を記念して60年代に作曲した『Pais Tropical』が場内に流れ始めると、スタジアムは大合唱となる。
「Moro num pais tropical……」
ジョルジ・ベンが、オレはフラメンゴの人間だー! と煽ると、場内からは陽気な拍手とブーイングが飛ぶ。楽器類の持ち込みは一切禁止、観客はすべて着席で観戦等、様々なルールに縛られ、あまりブラジルっぽくなかったこの大会で初めて、ああブラジルに来ているんだ、と感じられた一瞬だった。
そして午後7時。オランダ人主審ビヨルン・カイパースの吹くホイッスルで、いよいよ決勝戦が始まる。スタンドはもちろん満席。もちろんほぼ全員がブラジルの応援だ。
立ち上がり2分、試合はいきなり動く。
右サイドからフッキが入れたクロスから、背番号「9」フレッジが倒れながらも泥臭くボールを押し込んだ。スタンドのテンションはいきなりトップギアに入る。
この連載の2回目の原稿。ブラジル対日本戦の前日練習で、ブラジル代表のセンターフォワード、フレッジがあまりにもシュートを外し過ぎ、見物していた工事現場の作業員から野次を飛ばされた、という話を僕は書いた。
「見ててください、本番になったらフレッジが絶対に決めますから」
その前日練習が終った後、ブラジリアのナショナルスタジアム・プレスセンターでそう言ったのは、NHKの解説者をつとめる元日本代表の福西崇史だった。決勝戦、ブラジルに先制点をもたらしたのは、そのフレッジだった。さすがである。