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ナックルボーラーの宿命に抗って――。
サイ・ヤング賞投手ディッキーの苦悩。 

text by

菊地慶剛

菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi

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photograph byGetty Images

posted2013/05/26 08:01

ナックルボーラーの宿命に抗って――。サイ・ヤング賞投手ディッキーの苦悩。<Number Web> photograph by Getty Images

メジャー11年目、38歳のR.A.ディッキー。今シーズン、ブルージェイズに移籍するも、サイヤング賞に輝いた昨年の面影は薄れ、ナックルボーラーとしての正念場を迎えている。

“all or nothing”の投球しかできないナックルボーラー。

 5月20日に先発したレイズ戦、今シーズン最長の8イニングを投げ4勝目を挙げたディッキーは、以下のように説明してくれた。

「今日は4安打しか打たれていないのだから、ボールがよく動いていたということだろう。それはいつもの球威がないために、よりボールが動いてしまうということでもある。それだけ制御するのは難しくなってくる。

 昨シーズンまでの球威があれば、自分はある程度ストライクを投げる自信があったが、球威がないのでなかなか思い通りに投げられていない」

“球威”という言葉自体は感覚的なものかもしれないが、数値的にもはっきりと表れている。

 ディッキーのナックルの大きな特長の一つがこの球威だ。昨年までならナックルの球速は常時130キロ(80マイル)前後を計測していたのだが、今シーズンはほとんどが110~120キロ(68~75マイル)に留まっているのだ。

 これまでメジャーには多くのナックルボーラーが在籍してきた。だが、彼らは誰一人として投球の“安定感”を手にすることができなかった。

 かつて、黒田博樹投手が安定した投球が出来るのは、彼が登板時の体調、調子に合わせその日の軸になる球種を見出しながら投げる投球術を身に付けているからだと書いた( 「黒田博樹は38歳でさらに進化する。メジャーで得た悟りは“Let it be”」 )。

 だがナックルボーラーが投げる球種は基本的にナックルに限られてくる。ナックルの調子が悪ければ成立しない、まさに“all or nothing”の投球しかできないのだ。

ディッキーをも捉えるナックルボーラーのジレンマ。

 そんなナックルボーラーの中にあって、ナックルを自在に操る昨年のディッキーの投球は、異次元のレベルに進化したと感じていた人も少なくなかったはずである。だが……。

「ナックルは気まぐれな動物だ。ある打者には上手くいったとしても、次の打者には暴れ出す時もある。また素晴らしいナックルを投げたとしても、それがすべてストライクになるとは限らないんだ」

 結局、現在のディッキーは過去のナックルボーラーたちを苦しめてきたジレンマを克服できていないということになる。

 彼自身はこれから、気温と湿度が上昇する夏場を迎えることでナックルの握りが安定し、投球も改善していくと希望的な予測をしているが、果たして昨年のような圧倒的な投球が戻るのかどうか……。

 だが年齢、体力を無視してメジャーの屈強の打者達を面白いように翻弄するナックルはその怖さと同時に、この上ない魅力に満ちあふれている。

 だからこそナックルボーラーはいつの時代も異彩を放ち続ける。サイ・ヤング賞投手になったディッキーといえども、現役引退するまでナックルボーラーの苦悩と向き合っていかねばならないのだろう。

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ロバート・アラン・ディッキー
トロント・ブルージェイズ

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