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自転車泥棒ズラタン少年の
スリルに満ちた出世物語。
~『イブラヒモビッチ自伝』を読む~
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph bySports Graphic Number
posted2013/03/06 06:00
『I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝』 ズラタン・イブラヒモビッチ/ ダビド・ラーゲルクランツ著 沖山ナオミ訳 東邦出版 1800円+税
勝つことより、美しいプレーを見せつけるのが大事だ!
「一番大事なことは勝つことじゃない。自分がゴールを決めることであり、美しいプレーを見せつけることだった」
何かで発散しなければ、怒りで気が狂ってしまう。その制御できない正体不明のマグマが、独創的なプレーとなってズラタンの体内から噴き出したのだ。
ピッチで輝くズラタンは、ピッチの外でも異彩を放った。サッカーが巨大なビジネスとなったいま、プレイヤーのほとんどが、だれかの意見にしたがってキャリアを歩む。ピッチ外の面倒な出来事に煩わされずに済むことを考えれば、賢明な選択だろう。だがズラタンは、自分の未来を自分で切り拓こうとする。
「金は俺にとって一番大事なものではない。だが、騙されるってのは気分が悪い。無知な移民出身者がうまいようにカモにされるってのは許せねえ」
「聞くが、聞かない」哲学と表情は、あの日本人選手に共通する。
世間に持て囃され、騙されたことも知らずに生きるのは奴隷と変わらない。これは金ではない、プライドの問題だ。
ピッチ上で強烈なチームメイトや敵、偉大な監督と張り合いながら、ズラタンはピッチ外でも大胆に勝負を挑んだ。頼りになる相棒、エージェントのミーノとタッグを組んで、モッジやモラッティといった権力者と対峙し、スリルに満ちた駆け引きを繰り広げたのだ。自転車泥棒の出世物語として存分に愉しませてくれる本書は、魑魅魍魎が跋扈する複雑怪奇なサッカー界を知る上でも価値がある。
「向かい風を浴びながら戦ってきた。(中略)『ドリブルばかりする』『あいつは間違っている』とね。それでも“俺流”を貫いてきた。アドバイスに耳を傾けるが、すべて言いなりにはならない。『聞くが、聞かない』。これが俺の哲学だ」
こんな男が、いまの日本にいるだろうか。そう思いながら、表紙に映る頼もしい顔つき、鋭い目つきを凝視する。いた。不意に本田圭佑の顔が浮かんできたのだ。