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野球選手を動かすのは数字? 人情?
イーストウッド主演の『人生の特等席』。 

text by

阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

PROFILE

photograph by2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

posted2012/12/19 10:30

野球選手を動かすのは数字? 人情?イーストウッド主演の『人生の特等席』。<Number Web> photograph by 2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

クリント・イーストウッドの主演作は『グラン・トリノ』以来、4年ぶりになる。娘を演じるのはアカデミー賞に3度ノミネートされたエイミー・アダムス。現在公開中。

 どこかに野球の母国だからという使命感でもあるのだろうか。アメリカでは流行り廃りに関係なく、年に1本ぐらいは野球映画が作られる。去年はブラッド・ピット主演の『マネーボール』が作られた。今年は途切れるかと思ったら、秋になってクリント・イーストウッドが主演する『人生の特等席』が公開された。

 御年82歳のイーストウッドが魔球を身につけ、メジャーリーグで大活躍なんてストーリーもファンタジーとしては見たかった気もするが、さすがにそこまで荒唐無稽ではなく、この作品のイーストウッドはアトランタ・ブレーブスのスカウトに扮している(実際の球団が舞台になるのがアメリカの面白いところ)。

 かつては敏腕で尊敬を集めたイーストウッドだったが、最近はめっきり衰えが目立つ。特にスカウトにとってたいせつな目が悪くなり、球筋は見えにくくなるし、車の車庫入れもままならない。医者からは治療を勧められるが、手術などしたらクビを切られるかもしれない。そうでなくてもパソコンも使えず、データを重んじない昔ながらのやり方にチーム内の風当たりは強い。そのイーストウッドが有力選手の指名を巡って窮地に陥る。そこに長く疎遠になっているひとり娘が現れて。ストーリーはそんな感じ。

 最後のどんでん返しなど都合のよすぎるところがあるし、アメリカの野球映画の魅力のひとつ、迫力のある試合場面もアマチュアのスカウティングが舞台だから今ひとつ。親子の情愛がメインテーマで野球はバックグラウンドというわけで、採点するなら5点満点の星3つというところではないだろうか。

イーストウッドが演じるノスタルジックなスカウト像。

 しかし、話を「描かれた野球」に限ってみると、興味深い点もあった。チーム内でイーストウッドと対立するのはコンピュータを駆使し、データを重んじて数値化された能力を判断材料に選手を獲得しようとする若い野心家のスカウト。もちろん、投資がそれに見合うかどうかも厳密にチェックする。これはいってみれば去年、ブラッド・ピットが演じたビリー・ビーンそのものだ。『マネーボール』の主人公、ビーンが戦うのは経験則と「長年のカン」に頼り、ありもしない「将来性」を夢想して無駄な投資をする古いタイプのスカウト、『人生の特等席』のイーストウッドみたいな連中だった。

 前の年の野球映画では頑迷固陋な悪玉として描かれた古手のスカウトが、今年は経験と知恵と人情味に満ちた善玉として描かれているわけだ。しかし、ノンフィクションに基づいた『マネーボール』にはリアリティがあったのに対し、経験と天賦の才と人情に裏打ちされたスカウティングが成功する『人生の特等席』のほうはリアルさよりもノスタルジックでファンタスティックな印象を与える。

【次ページ】 スクリーンに映し出される野球ファンの理想と幻想。

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#ビリー・ビーン

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