REVERSE ANGLEBACK NUMBER
野球選手を動かすのは数字? 人情?
イーストウッド主演の『人生の特等席』。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph by2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
posted2012/12/19 10:30
クリント・イーストウッドの主演作は『グラン・トリノ』以来、4年ぶりになる。娘を演じるのはアカデミー賞に3度ノミネートされたエイミー・アダムス。現在公開中。
スクリーンに映し出される野球ファンの理想と幻想。
今日、実際のスカウトでパソコンを持ち歩かない人はいないだろう。ビデオカメラは必需品だし、セイバーメトリックスの手法を用いた分析を参考にしない人もいない(頼る度合いはそれぞれだろうが)。イーストウッドみたいに、パソコンもビデオカメラも持たず、おのれの目と耳、そして新聞の数字だけを杖に担当区域を回るようなスカウトは絶滅している。データ分析や最新機器はないよりはあったほうがよく、使えないことの利点はほとんどないといってよい。
それにもかかわらず、イーストウッドの演じたスカウトが敗北せず、ハッピーエンドで描かれてもわざとらしく感じないのは、観客の側に、野球はこうあってほしいという願望があるからだろう。今の多くの野球ファンはデータが大事なことは十分に知っている。大して活躍もしないのに、一時の名声にあぐらをかいて高い給料をもらう選手や、ブランドに惑わされて無駄な補強を重ねたり、若い有望選手を簡単に放出したりするフロントに対する批判は昔以上かもしれない。
生身の人間である選手の心は数字ではわからない。
その一方で、野球は数字だけじゃない、データだけじゃないという気分もまだ濃厚に残っている。『人生の特等席』の中で、イーストウッドがスカウトしてメジャーに上がった選手が不調になるエピソードが出てくる。不調の原因はGMにも監督にもわからない。だが、その選手と家族の結びつきをよく知るイーストウッドだけは休みを与えて母親に会わせればスランプから抜けだせるという処方箋を書く。それはズバリ的中する。甘いといえば甘いエピソードだが、野球はデータに裏打ちされてはいるが、それと同じぐらい人間の結びつきにも支えられているのだという願望(事実とまではいい切れない)が見る側にも製作者にもある。
つい最近、メジャーをめざすと表明した高校生が国内の球団の説明で決意を翻すということがあった。決め手になったのは詳細なデータだといわれる。しかし国内球団でやる利点を示す数字だけで選手を説得できただろうか。データを示す語り手の口調にも翻意の決め手になる要素があったのでは。映画を見終わってそんな想像をしてみた。