プレミアリーグの時間BACK NUMBER
もはやサッカーマイナー国ではない!
プレミアを席巻するベルギーブーム。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byAFLO
posted2012/11/23 08:02
今夏、チェルシーに4000万ユーロで加入したアザール。リーグ序盤の勢いは影を潜めているものの、12節終了時点で、全試合に出場し、3得点5アシストを挙げ、ベルギーブームの象徴的存在となっている。
EURO、W杯の惨敗が「10年目の果実」を作りあげた。
ここまでに挙げた今季のベルギー人9名では、27歳のベルメーレンが最年長。平均年齢は24歳と、まだ若い。この新世代の台頭は、言わば「10年目の果実」だ。
ベルギー代表が、母国(オランダとの共同)開催のEURO2000でグループステージを突破できず、続く2002年W杯でもベスト16止まりに終わると、国内では、協会を先頭に育成改革が始まった。指導者の資格基準が見直され、ユース代表レベルでは、隣国にしてサッカー強国であるオランダの方針に倣い、4-3-3システムで、テクニックとポゼッションを重視するスタイルが基本となった。
同時に、クラブレベルでも下部組織への先行投資が開始された。今季から日本代表GK川島永嗣が所属するリエージュなどは、育成環境の改善に1800万ユーロを投じたと言われる。国内の強豪とはいえ、人口が1100万人程度で、国土が九州よりも小さな国では収益が限られるはずで、クラブにとっては大金だ。そこで、ベルギーの各クラブは、進んで「売り手」になっている。リエージュが、平均年齢21歳前後のチームでリーグを戦うことは珍しくない。10代でデビューした有望株は、まだ「将来性」という付加価値のある年齢で、欧州主要リーグに買われていく。
代表例は、4年前に20歳でエバートン入りしたフェライニ。
当時のベルギー史上最高額である1850万ユーロの「輸出品」により、リエージュの先行投資額は回収された。ユースの段階で引き抜かれる選手も少なくない。今季から、トッテナムの最終ラインに加わったヤン・ベルトンゲンも、育成年代で、定評ある“アヤックス・スクール”に籍を移した口だ。
国外生活に馴染むベルギー人の気質も移籍を後押し。
若くして国外生活に適応できるのは、ベルギー人の特性だろう。
代わる代わる、近隣諸国の支配下に置かれた歴史を持つ国民は、先祖代々、外国人慣れしている。100%純血のベルギー人を探す事など難しいのではないかと思われるほどだ。国内には、アフリカ系やアラブ系の移民も多い。6年前にマンCに青田買いされ、今季開幕後、トゥベテにレンタル移籍したデドリク・ボヤタは、旧ベルギー領コンゴ系の末裔だ。
単一の「母国語」が存在しない国内は、フランス語系とオランダ語系の地域に二分される。厳密に言えば、ドイツ語圏さえ存在する。アザールは、14歳からチェルシー入りまでの7年間をリールの選手として過ごしているが、車でも移動できる地続きの移住先は、言葉も同じフランス語だったのだから、「異国」という感覚は最低限だったはずだ。
素朴な国民気質も、移籍先の選択肢拡大に一役買っているに違いない。
筆者は、3年間ほどベルギーに住んでいたが、主要機関の所在地であることから「EUの首都」と言われるイメージとは裏腹に、現実は「欧州の田舎」そのもの。時間はゆっくりと流れ、食事もお酒も美味しい日常は、老後に最適と思えても、当時20代の日本人には退屈だった。ベルギーで生まれ育った選手であれば、他国の選手とその家族に「何もない」と嫌われることもある、イングランドの地方都市に移住しても違和感はないだろう。ミララスがベルギー人でなければ、より穏やかな気候も魅力のポルトや、ロンドンのアーセナルの誘いを蹴り、「家族で落ち着ける所がいい」として、エバートンを移籍先に選んだかどうか。