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<チリ代表を変えた指揮官> 奇人ビエルサと攻撃絶対主義。 

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藤坂ガルシア千鶴

藤坂ガルシア千鶴Chizuru de Garcia

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photograph byGetty Images

posted2010/06/20 18:00

<チリ代表を変えた指揮官> 奇人ビエルサと攻撃絶対主義。<Number Web> photograph by Getty Images

「相手が誰であれ基本形を崩さずにとにかく攻める」

 問題は、受け身のサッカーを続けてきたチリにとって、「相手が誰であれ基本形を崩さずにとにかく攻める」という積極的なやり方が、非常に「斬新」であったことだった。

「斬新なアイデアを思いつく者は、そのアイデアが成功を収めるまで『ロコ』である」

 ビエルサのこの有名な台詞は、'08年9月7日、W杯予選第7節でホームにブラジルを迎えて0-3と完敗を喫した際、国内のメディアから皮肉な形で引用された。ロナウジーニョやルイス・ファビアーノ、ロビーニョといった錚々たるメンバーを揃えたブラジル相手に、3-4-3の布陣で挑んだことに疑問の声が上がったのだ。しかし、「奇人が自ら唱える奇人の定義」は、その約1カ月後のアルゼンチン戦での勝利をもって、国民全体から承認されることとなる。

 実際、2位で通過したW杯予選では、10勝3分5敗という好成績を記録。前回ドイツW杯予選では5勝、その前の日韓W杯予選ではわずか3勝しかできなかった事実を考慮すれば、ビエルサ監督がチリ代表に与えた新しいアイデアが見事に功を奏したことがわかる。もはや奇人ではなくなったはずだが、今もチリの人々は、ビエルサに対して愛情を込めて「ロコ」と呼び続ける。

W杯本大会前のチリ代表に次々と襲いかかるハプニング。

 愛され、崇められる立場になってからも、ロコの狂気は鎮まるところを知らない。

 去る5月30日、W杯に参戦する選手を「できるだけ多く試すため」、同日に2つのテストマッチを行なった。チームを2つのグループに分け、午前に控え組が北アイルランド、午後にレギュラー組がイスラエルと対戦するという、ビエルサならではの強化スケジュールだったが、選手もメディアも、このようなプランに異論をぶつけることはなかった。

 唯一、このテストマッチでチリ国民を そしてビエルサ監督を 不安に陥れたのは、チームが誇る天賦のストライカー、ウンベルト・スアソの負傷だった。

 スアソはイスラエル戦で左足の大腿二頭筋の肉離れを起こし、W杯の初戦となるホンジュラス戦への出場が危ぶまれた。負傷の2日後にFIFAに提出した大会登録23名のリストの中に迷うことなくスアソの名前を入れたビエルサだが、キャンプ地でボールを蹴りたがるスアソに対し、「今ここで無理をせず、ゆっくりと回復して完璧な状態でチームに戻ってもらいたい」ことを伝えた。

 アルゼンチン代表を指導していた当時は、一部のメディアから「事前に緻密に計算し過ぎるために予想外の展開に対応できない監督」と言われることもあった。スアソの負傷だけでなく、予選後は数々のハプニングがビエルサを襲った。ドイツとのテストマッチがドイツ代表GKエンケの自殺で流れ、チリ大地震の影響でコスタリカ、北朝鮮との試合も中止になってしまった。

【次ページ】 「私は失敗のエキスパートだ」と泰然自若のビエルサ。

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