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<チリ代表を変えた指揮官> 奇人ビエルサと攻撃絶対主義。
text by
藤坂ガルシア千鶴Chizuru de Garcia
photograph byGetty Images
posted2010/06/20 18:00
極端な性格がチリのサッカー界のすべてを覆していく。
面白いのは、平穏なサッカー界を求めながら、自分が「ロコ」であることを認めているところである。
「私は度が過ぎた人間だ。私にとって、サッカーがすべて。いつもサッカーのことを考え、サッカーについて話し、サッカーについて読んでいる。そんな生活を永遠に続けることは普通じゃない。だから私は、そんな自分の人生を平穏にしたいのだ」
そう語った15年後の'07年。チリ・サッカーの再建を賭け、サッカー協会の若きハロルド・マイネ・ニコルス新会長から長期にわたる説得を受けたあと、ビエルサはその「平穏なサッカー界」に降臨した。だが、穏やかな人生を送りたいと願った「ロコ」は、チリの人々にとっての常識を覆し、持ち前の狂気で文字通りの大革命を起こすのだった。
狂気の最初の犠牲者となったのは、チリのメディアである。アルゼンチン代表監督時代から守ってきた「インタビューは会見方式で、個別の取材を一切受けない」という姿勢を貫いたからだ。会見でしか話が聞けない監督など、チリでは前代未聞のことだった。
「記者である君たちの武器は書くことであり、私の武器は話すことだ。私はひとつの考えを表現するのに50の単語を並べるが、君たちはあとでそれを1行にまとめなければならない。これは、書くことが下手な私にとって、非常に恐ろしいことだ。自分の言ったことが間違って転写されるほど嫌なことはない。自分のことを間違って知られるくらいなら、いっそ全く知られないほうがいい。私は非常に特殊な人間だ。周囲の意見がとても気になるし、時にはそれによってひどく傷つくこともある。監督をしていてもトラウマになる。そして、憎まれ、罵声を浴びることと同じくらい、誤解されるのが大嫌いだ。だからメディアには、自分が言ったとおりのことを伝えてもらいたいし、そのチャンスをどのメディアにも公平に与えるために、会見という形をとるのが最も適していると思っている」
記者会見を4時間も続けたという嘘のような伝説が……。
まるで文学者の如きボキャブラリーの豊富さと、ひとつのテーマを語るために並べる数数の理論に、チリのメディアは面食らった。優れた文化人を多く生み出しているチリでも、サッカーの監督としては前例のないタイプだった。そしてあの話が、噂ではなく現実のものだったことを思い知る。アルゼンチンの'02年W杯早期敗退後、続投決定を発表する会見がメディアとの激論の場と化し、4時間近くに及んだ、という信じられない話が。
そんなビエルサ監督がチリ代表に求めたサッカーは、実にシンプルなスタイルで、過去に率いた全てのチームで指導してきたものと何ら変わりはなかった。
「4バックに1ボランチ、攻守のバランスを取るMF1人にトップ下1人、2ウィング、そして1トップ。これが我々の基本形となる。もし対戦相手が2トップで攻めてくるのなら、DFの1人を中盤に上げる。相手のFWよりも1人多くDFを置きながら、常に攻めることを念頭に置いてプレーする」