南ア・ワールドカップ通信BACK NUMBER
驚くべき本田圭佑の戦術適応能力。
3週間で掴んだエースの座。
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byGetty Images
posted2010/06/15 11:40
1点をリードする日本は69分、松井大輔に代えて岡崎慎司を投入した。フレッシュな選手を入れて前線から追うことで、カメルーンの反撃を防ごうとしているのか。
違った。
相手ボールになった際に岡崎が取ったポジショニングは、4枚の最終ラインと同じ高さであり、逆サイドの大久保も同じ高さにいた。つまり、時に6人が横一列に並ぶ、究極のブロック作戦だった。
周知の通り、岡崎は昨年国際Aマッチで15得点を挙げ、世界得点王に輝いた実績を持っている。だが、今大会直前、岡田監督に「トップの位置で悩んでいるようなので、役割のハッキリしている左サイドにした」と“エース”の座をはく奪され、さらには先発からサブへ格下げされていた。
胸中の揺れは容易に想像できた。けれども岡崎は与えられた役割をしっかりと受け入れていた。82分にポスト直撃のシュートを放って(判定はオフサイド)FWとしての矜持を示したが、それは果たすべき仕事は完遂したうえでのオプションだったのだ。
「圭佑が決めてくれて、それをみんなで守った。攻めにも行ったけど、最後は守り切るという感じでやった。チーム一丸でやらないと勝てない試合だと思っていたから」
選手達は“守備的なチーム戦術との折り合い”に苦しんだ。
岡崎に象徴されるように、この日の日本攻撃陣は“守備的なチーム戦術との折り合い”という課題を突きつけられながらピッチに立っていた。この“折り合い”に苦しんだ筆頭格が、本田圭佑だった。
「1トップ? ないでしょう」
スイス合宿で初めてその形を試されたとき、本田は即座に否定した。ゴールを自らの至上命題と位置付ける彼だが、やはり自分が1トップをやるには無理があると感じていたのだ。
だが、南アのベースキャンプ地であるジョージに来てからは、明らかに言い方が変わった。大雨の中で10対10のミニゲームを行った6月9日の練習後、こう言った。
「一番慣れているポジションはトップ下だけど、チームとの兼ね合いがあるし、勝利に必要なポジションは岡田さんが考えている。でも、ポジションが変わったら役割は微妙に変わってくるので、自分の中でどれだけ整理して準備できるか。それが重要だ」
こうして迎えたカメルーン戦。岡田監督がピッチに送りこんだ先発の11人は、南アに来てから一貫して主力組として練習してきたメンバーだった。1トップにも、練習と同様に本田が入っていた。
「いいボールが来たので落ち着いて決めるだけだった」
ただ、気温17度と予想外に暖かったブルームフォンテーンで、カメルーンの出足はこれまた予想外なほど悪かった。ルグエン監督は主力のカメニとA・ソングを外したメンバーを構成。エトーやウェボの個の力は脅威だが、具体的な攻撃の形がない。
スタジアムにウェーブが起きるほどじれったいプレーが続いていた38分。カメルーンの最初のビッグチャンスが日本の攻撃にスイッチを入れることになったのだから面白い。
チュポモティングのポストプレーからエノーが右足シュートを放つ。これをキャッチした川島永嗣が素早く本田に出し、遠藤保仁から右サイドの松井大輔へ。松井のクロスに大久保と本田が飛び込むと、カメルーンはエリア内にDFが4、5人もいながらファーサイドへ向かった本田をフリーにしてしまった。本田は利き足の左足でトラップしてそのまま左足でシュートを打つ余裕のプレーで、ゴールネットを揺らした。
「いいボールが来たので落ち着いて決めるだけだった。ただ、最近はそういうシーンで外していたので、大事な試合で決められてよかった。(大久保)嘉人さんが前で競ってくれて、相手が見事にかぶってくれた。トラップが良かったのと、意外と落ち着いて蹴れたのが良かったと思う」