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日本一の陰でトライアウトへ……。
巨人軍を戦力外になった男達の意地。 

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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photograph byGenki Taguchi

posted2012/11/12 12:25

日本一の陰でトライアウトへ……。巨人軍を戦力外になった男達の意地。<Number Web> photograph by Genki Taguchi

2012年11月9日、クリネックススタジアム宮城で行なわれた12球団合同トライアウト。年々、その認知度は上がっており、今年もファンや報道陣が多く詰めかけるなか、選手たちは球団関係者に自らを必死にアピールしていた。

20代の若さで常勝軍団を戦力外になった選手たち。

 今年、巨人を戦力外となりトライアウトに参加した選手は、田中大二郎、斎藤圭祐、土本恭平、大立恭平、朝井秀樹、久米勇紀の6名('11年に戦力外となった福泉敬大も参加)。全員がまだ20代の選手である。

 いくら若手の台頭が目立つ巨人とはいえ、今季、日本一にアジアチャンピオンなど「五冠」に輝いた常勝軍団である。結果を残さなければ容赦なくクビを切られてしまうのは当然のことだ。

「結局は、自分のなかで甘えがあった、ということです」

 そう話してくれたのは、野手でただひとりの参加となった田中だ。

 2006年に高校生ドラフト3巡目で入団。原辰徳監督と同じ東海大相模出身だったこともあり、将来を嘱望されたが、期待に応えられず日本シリーズ直後に戦力外となった。

「力不足だったことは認めます。ただ、ジャイアンツ時代を振り返ると、『焦らなすぎた』とは感じます。同期の(坂本)勇人とは最初はライバルと思ってやっていましたけど、あいつが一軍に行ったらそういう気持ちもなくなって。『人は人』っていうか、自分のなかで『他人を蹴落としてでも』という姿勢が足りなかったと思います」

「『自分はまだやれる』ことを見せるだけで精一杯でした」

 トライアウトでは7打数2安打。実力を出し切れたわけではないだろう。しかし田中は、前を向いてこう言った。

「楽しむというより、どこからも声がかからなければ野球ができなくなると考えると、悔いだけは絶対に残したくなかった。一球一球、『どうにかしてやろう』と思いながら打席に立ったし、守備でも力を出し切るように守りました。『こういうことをしておけば』とはもう、思いたくないんで」

 巨人を離れ、初めて自分の甘さに気づいたのは斎藤も同じだった。

 '08年にドラフト3位で入団したが、'12年には育成枠に降格。同年、戦力外となった。プロ4年間で一軍登板はゼロだった。

「ジャイアンツは選手のレベルが高いから、自分がやるべきことをしっかりと把握して動いていかないとダメだと感じます。僕は、寮を出てからその意識が足りなかったのかもしれません。戦力外になってしまいましたけど、それを理解できたことは自分にとって財産になりました」

 トライアウトでは制球を意識し、一球一球、真剣に打者と向き合ったことで、4人を完璧に抑えることができた。

「ベース上でボールを少し動かしながら勝負していこうと思いました。トライアウトは初めての経験だったので、楽しむ余裕なんてありません。ただ、『自分はまだやれる』ことを見せるだけで精一杯でした」

 望まざるトライアウトの舞台とはいえ力を発揮できた斎藤は、「ジャイアンツでの経験を今後に生かしたい」と力強く言った。

【次ページ】 再起を誓ったトレードからわずか4カ月で戦力外に。

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