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<ナンバーW杯傑作選/'02年8月掲載> 中田英寿が試したかったこと。 ~“不完全燃焼”という言葉の真実~
text by
中西哲生Tetsuo Nakanishi
photograph byNaoya Sanuki
posted2010/05/21 10:30
“リスクを冒す”必要があるのは選手だけではない。
普通なら明らかにナンセンスな選手交代である。しかし、この交代で選手たちはもちろん、スタジアム全体に「何が何でも追いつく」という監督の気持ちが乗り移ったのは事実である。こうした雰囲気を意図的に作り出したヒディンク監督をそうさせたのは、間違いなく前回のワールドカップ・ベスト4という経験だった。そして彼らは奇跡的に追いつき、逆転勝ちを収めた。
逆にトゥルシエ監督は同じ状況で、システムを変えず、FWのポジションにはFW、MFのポジションにはMFの選手を交代させた。普通ならこれで何の問題もない。しかしここは、負けたら終わりの決勝トーナメントで、グループリーグとは違うのだ。
要するにトゥルシエ監督が執ったのは、グループリーグでリードされているときの采配で、ヒディンク監督が執ったのは、決勝トーナメントでリードされているときの采配だった。
トゥルシエ監督を責めることはできない。彼はワールドカップの決勝トーナメントを戦った経験が一度もないのである。しかも、課せられたベスト16というノルマはクリアした。果たすべき役割はキッチリと果たしたのだ。
ただ、これだけは分かった。“リスクを冒す”ことが必要なのは、何も選手だけに限ったことではない。監督もときには、“リスクを冒す”必要があるのだ。
ベスト4進出のために必要なことは何か?
だが悲観することはない。韓国がベスト4まで辿り着くには、6回の出場を要した。われわれ日本は、まだ2回目の出場である。彼らとの差は4回、つまり16年分の差である。日本がベスト4に進出するのに、16年もの歳月が掛かるとは絶対に思わない。
「4年後に向けてこれからどうするというより、明日からまた一日一日が勝負なので」
中田英の目は、新しいシーズンへと向けられていた。すでに戦いは始まっているのだ。
そして彼は、自身の課題をこう挙げた。
「プレッシャーが掛かっている中でも、今回はある程度やれた。しかし相手にとって怖い選手になるには、もっともっとリスクを背負っていかなくてはならない。そして、もっと試合を左右できるような選手にならないと」
今大会、彼は初戦のケガもあり、十分にリスクを冒せなかった。これは防ぎようのない事故で、彼にはどうすることもできなかった。
小野も能力がありながら、今大会リスクを冒せなかった選手の1人である。しかしそれも体調が不十分なことが影響したし、何よりディフェンス部分での負担が大き過ぎた結果でもある。もう少し攻撃に専念できるような状況であれば……。この2人のように、アクシデントは何時でも起こりうる。それを乗り越えるためには、彼らと同じくらいリスクを冒せる選手を、もっと養うことだろう。