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<ナンバーW杯傑作選/'02年8月掲載> 中田英寿が試したかったこと。 ~“不完全燃焼”という言葉の真実~
text by
中西哲生Tetsuo Nakanishi
photograph byNaoya Sanuki
posted2010/05/21 10:30
ワールドカップから日本代表が姿を消したわずか2日後に、中田英寿の口から出た言葉。それは日本中の人々が、なんとなく心の片隅に抱いていた複雑な感情を説明するのに、もっとも適した言葉だった。
「不完全燃焼」
もちろんサッカーの世界において、いやワールドカップにおいて、完全に燃焼できるのは優勝した国だけかもしれない。しかし、「もっとできたのでは?」という僕の思いは、彼の言葉を聞いて日増しに強くなった。
グループリーグでの日本代表の戦いぶりは本当に素晴らしいものだった。3試合を戦って得点5、失点2。グループリーグ唯一となった初戦の2失点も、結果的にディフェンス部分での修正を促すものとなり、その後は2試合続けて相手を完封。2勝1分けというほぼ完璧な成績で、決勝トーナメント進出を果たした。しかも1位通過したことにより、強豪ブラジルとの対戦を避けることもできたのだ。準決勝までの対戦相手に、ワールドカップ優勝経験国は見当たらない。誰もがべスト8、あわよくばベスト4、という青写真を描いたとしても不思議ではなかった。
しかし、決勝トーナメント1回戦で日本代表は敗れた。トルコは確かに素晴らしいチームだったが、この日は間違いなく最悪の出来だった。それを考えると……。
中田英が話した“リスク”の意味とは?
大会前、中田英はこう話していた。
「もっとリスクを冒すべきかもしれませんね」
この言葉には少し説明が必要だろう。“リスクを冒す”とは、すなわち“ボールを失うことを恐れずに勝負する”ことだ。つまり、相手ゴールまで25mのアタッキングエリアで、ドリブルで勝負を仕掛けるということである。言葉にすることは簡単だが、そのためにはさまざまな能力を持ち合わせなければならない。
類まれなボールコントロール、瞬間的なスピード、溢れ出る創造力、フィールドを俯瞰できる視野の広さ、的確な状況判断、そして何より自分の持つ能力を信じるということが、ゴール前25mでリスクを冒し、勝負を仕掛けることができる選手の資質なのである。
今日のサッカーでは、時間とスペースが限られている。その時間とスペースを確保する数少ない方法がドリブルなのだ。ではなぜ時間とスペースがあれば、相手を混乱に陥れることができるのか。相手を抜けば当然スペースを確保できる。ゴール近くで前向きにボールを持てれば、パス、ドリブル、シュートなど、当然プレーの選択肢は増える。そうなると、ディフェンダーがボールを保持している選手の意図を読みにくくなるのは当然である。