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<世界最速のランナーに迫る> 男子マラソン 「人類は2時間の壁を破れるのか」~ゲブレシラシエ、マカウ、キプサング~ 

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善家賢

善家賢Masaru Zenke

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photograph byKenta Yoshizawa

posted2012/07/05 06:01

<世界最速のランナーに迫る> 男子マラソン 「人類は2時間の壁を破れるのか」~ゲブレシラシエ、マカウ、キプサング~<Number Web> photograph by Kenta Yoshizawa

世界記録更新の原動力は“心理の壁”が破れるかどうか。

 一方、このロンドンを2時間4分44秒で制し、代表に選ばれたのが、昨年マカウの世界記録に4秒差と迫る2時間3分42秒を叩きだしたウィルソン・キプサングだった。

 キプサングは182cmという長身を生かした大きなストライドが特徴である。

 6月、ケニアのイテンで、キプサングの走りをハイスピードカメラで撮影・分析した結果、キプサングは、マカウと同様、リラックスしたフォームで、非常に高いランニング・エコノミーを備えていることがうかがえた。

 ではこの2人の明暗を分けたのは何なのか。

 世界のトップランナーたちが次々に記録を更新していく「メカニズム」を指摘する研究者がアメリカにいた。

 その研究者とは、全米でも屈指の総合病院として知られるメーヨークリニックで、マラソンの世界記録が更新される条件を肉体面や心理面など様々な角度から研究してきたマイケル・J・ジョイナー博士だ。

 過去100年の記録の推移を詳しく分析してきた博士によると、世界記録が更新されるための原動力とは、“心理の壁”が破れるかどうかだという。

ゲブレシラシエが人類で初めて4分台の壁を破ったことの影響。

「誰かが記録の大幅な更新をすると、多くのランナーの“心理の壁”が、一旦リセットされるのです。それまで誰もが不可能だと思っていた記録が実現しますから、より多くの人が、新記録の可能性を信じて挑戦するようになります。ただ、そこで、重要になるのが、『自分なら絶対に記録を出せる』という信念、または、ハングリーさと言いかえてもいいでしょう。それを持ち得た人のみが、記録の更新に挑戦し、その内の1人が『歴史的な日』に遭遇することになるのです」

 博士のこの考え方を当てはめると、まず、ゲブレシラシエが人類で初めて4分台の壁を破ったことで、多くのランナーの心理的な壁が破れた。さらには、圧倒的な強さを誇った皇帝の記録を無名のマカウが破ったことが、世界のランナーたちの“心理の壁”を一気に突き破ったといえるかもしれない。

 マカウにできるなら自分にもできる――。

 マカウとキプサングの2人が直接対決した今年4月のロンドンマラソンに関して言えば、世界記録こそ更新されなかったが、「目標タイムはマカウの世界記録」と語っていたキプサングのハングリーさが、強烈なモチベーションを生み、それが勝利に結びついたといえるだろう。

【次ページ】 「今後100年で、記録は1時間56分まで伸びる」

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