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<世界最速のランナーに迫る> 男子マラソン 「人類は2時間の壁を破れるのか」~ゲブレシラシエ、マカウ、キプサング~
text by
善家賢Masaru Zenke
photograph byKenta Yoshizawa
posted2012/07/05 06:01
データを徹底解析してわかったマカウの最大の特徴。
2人の走法を解析し、最大酸素摂取量や乳酸の値などを徹底的に調べた結果、新たな世界記録保持者となったマカウの最大の特徴が浮かび上がってきた。
一言でいうなら、究極の“ランニング・エコノミー”。エネルギーを余分にロスせず効率よく走るといった、ランニングの経済性が圧倒的に優れているのだ。
もちろん、ゲブレシラシエも、日本の選手と比べると経済性は非常にいい。しかし、トラック競技出身者で、飛び跳ねるような走りでスピードを出すゲブレシラシエに対して、マカウは、上下にも左右にも無駄な動きが少なく、余計な筋力を使わずに走ることで、“疲れないマラソン”を行なっていたのだ。
東京・北区にある国立スポーツ科学センターで、マカウの分析を行なった筑波大学の榎本靖士准教授はこう語る。
「超高速化している2時間3分台の競争では、肉体への負担がより少なく、エネルギーをより使わない走り方、ランニング・エコノミーが優れている方が圧倒的に有利です。マカウの走りは究極の“省エネ”なんです」
排気量の多い車から、燃費のいい“ハイブリッド・カー”の時代へ。
マカウの分析を始めた当初、研究者たちは、あまりにリラックスしたフォームを見て、
「この選手の凄さはどこにあるのだろうか?」
と首を傾げたほどである。
効率を追求するために、マカウは「ペース配分こそが重要だ」という。
「頭でペース配分を計算して、自らの足で実践するのは本当に大変です。特に最後の2kmとなると多くの観衆がいますよね。そこで観衆の声に耳を傾けず、つまり、応援に乗せられて走るのではなく、自らのペースを守ることが大切なのです。ちょっとでもスピードを上げてしまったら疲れてしまいますからね(笑)」
ゲブレシラシエはトラック競技のスピードを武器に、マラソンを戦った「高速化」の先駆者だったが、世界のマラソンの潮流は、新世代のランナーへと託されていた。
どれだけ心臓が強靭で、全身に酸素を送れる能力があったとしても、またどれだけ強い脚力を持っていても、それだけでは勝てない。皇帝のような排気量が多くスピードが出る車が勝てた時代は過ぎ去り、マカウのような燃費のいい“ハイブリッド・カー”の時代が到来したのだ。
最強マカウの棄権、五輪代表落選。大波乱のロンドンマラソン。
ところが、そのマカウでさえも、ロンドンには届かなかった。
2011年のマラソンの世界ランキングで、上位20人を独占するケニア。同国の陸連は、マカウも含めた代表候補6人を選出し、2012年4月のロンドンマラソンが終わった時点で、3人のオリンピック代表を決定すると発表した。
最後の代表選考レースであるロンドンマラソンで途中棄権をしてしまったマカウは、世界記録保持者でありながらも、オリンピック代表から漏れてしまったのである。
「常に上位を維持することは難しい。いい走りをするには精神的に好調でなければならず、精神的に好調であるためにはフィジカルも好調でなければなりません」
実は、レース10日前のスピード練習で太ももの裏側を痛めてしまっていたマカウは、大会前に不安材料を抱えていた。
「レース前に問題がある場合は、本番で100パーセントの力は出せないのです」
世界最速ランナーの敗戦の弁だった。