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<世界最速のランナーに迫る> 男子マラソン 「人類は2時間の壁を破れるのか」~ゲブレシラシエ、マカウ、キプサング~
text by
善家賢Masaru Zenke
photograph byKenta Yoshizawa
posted2012/07/05 06:01
謙虚な姿勢から一転、新鋭が中盤で仕掛けた大勝負。
2009年4月のロッテルダムでマラソンにデビューしたマカウは、ゲブレシラシエが不在だった2010年のベルリンで優勝するなど、僅か2年でタイムを大きく縮めてきたランナーだ。
2人の直接対決は、年齢が一回り違っていても、ゲブレシラシエ有利という下馬評だった。事前の記者会見でマカウは、皇帝への尊敬の念を込め、こう語った。
「世界王者のハイレと一緒に走ることで、私もランナーとしての経験を積める絶好のチャンスだと思っています」
この謙虚な姿勢はレースで一変する。
前半の20kmまで、5kmのスプリットタイムが14分40秒を切るという高速のデッドヒートが繰り広げられた。
レースが動いたのは26km地点。挑戦者であるマカウが勝負を仕掛けた。コースを右に左にジグザグに走ったかと思うと、次の瞬間、猛烈にスピードを上げて、引き離しにかかったのだ。マカウは振り返る。
「ハイレがすでに疲れていたことを感じ取り、一気に勝負を決めようと思った」
それにくらいつこうとゲブレシラシエは必死にペースを上げるも、その直後、彼はコースを外れ、苦悶の表情を浮かべて足を止めた。
2011年12月、エチオピアのアディスアベバでデータを測定した際も、心肺機能が非常に強いことが証明され、長年、他を寄せ付けない持久力を誇っていた皇帝は、敗因をこう語った。
「レース中、マカウはゲームを仕掛けてきました。ペースを変えるだけでなく、左右に走って私を揺さぶろうとしていたんですから。結果、(ぜんそくの)発作に見舞われて、身体に酸素が行き渡らなくなり、レースを棄権することになってしまいました」
この後も、ゲブレシラシエは、代表の座を目指し、挑戦を続けたが、全盛期の勢いを取り戻せず、ロンドン五輪の切符を逃してしまう。
「30kmの壁」を過ぎてもスピードを維持。笑顔の2時間3分38秒。
一方のマカウは、疲労からペースが落ちると言われる「30kmの壁」を過ぎても、スピードを維持して独走。結局、ゲブレシラシエが持つ記録を21秒縮め、2時間3分38秒という世界記録を打ち立てた。
「皇帝を破り、自分がヒーローになれたことを誇りに思います。なぜなら、マラソンは、孤独に耐え、自分の血も筋肉も使わなければならず、その世界で頂点に立てたことが何より嬉しいのです」
レース後、こう話すマカウの笑顔を見たとき、彼はまったく疲れていないのではないかと感じ、驚きを隠せなかった。