ロンドン五輪代表、最大の挑戦BACK NUMBER
<五輪代表連続インタビュー#8> FW・原口元気 「でも、ドリブルは捨てられない」
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byNanae Suzuki
posted2012/04/13 10:31
U-20W杯に出場できなかったことをバネにして、当時主将だった権田修一らと共に世界を目指して頑張って来た原口元気。一時はタレントの少ない“谷底の世代”とも呼ばれていたが、五輪出場が決定した今では、名実ともに最強世代を目指す。
本来であれば、原口はヨルダンでのシリア戦から招集されるべきだったのだが……昨年12月、チームメイトを負傷させた事件で謹慎となり、代表を離れていたのである。その後の彼の急成長ぶりは、皆が知る通り。では、事件後の彼はどうだったのか? ズバリ、本人に聞いてみることにした。
――惜敗したシリア戦は、どういう思いで見ていた。
「勝ってくれって思っていたけど、負けてしまって、すごく歯痒いというか……ああいう苦しい試合にこそ出場してチームを助けたいと思っていたのに、それが出来なくて本当に悔しかった。でも、その悔しさとチームを助けたいという思いが強かったんで、マレーシア戦でのプレーに繋がっていったんだと思います」
――マレーシア戦の時は、チームにすんなり合流できた?
「いや、最初は不安でしたね。シリアに負けて、チームはどんな雰囲気なんだろうって思ったし、自分を受け入れてくれるんだろうかっていうのもあったんで。でも、それは心配する必要がなかったです。みんな、自分がやりやすいように受け入れてくれたし、逆に力になってくれって感じだった。自分もかなり気持ちというか、気合いが入っていましたね。シリアに負けて総得点差で2位になり、マレーシア戦は絶対に勝たないといけない上に、大量得点を求められていた。それプラス自分がああいう事件を起こして、周囲の見る眼が厳しいのも分かっていた。だから、結果を出して、自分が変わったところを見せないといけない。そういうプレッシャーをかなり感じていたし、自分でも自分を追い込んでいました」
言葉遣いや態度まで、ガラリと変わっていた原口。
チームに合流した原口に会ってまず驚いたのは、言動の変化だった。以前の尖った雰囲気が消え、言葉遣いも丁寧になっていた。
――言葉も態度も以前と違って見えたのは、変化するキッカケがあった?
「やっぱり、12月の事件が大きかったです。精神的に大人に成り切れていない部分があったんで、成長しないといけないと思った。それに、言葉って簡単に人を傷つけたりするじゃないですか。話をする時でも、受け取る方が自分の本意とは違う意味で取ることもあると思うんです。だから、意識的に変えようと思っていました」